例えばこんな日常
第15章 この胸のトキメキは/MN
かずの部屋の前ですうっと深呼吸をし、軽くノックをすると。
ドアの向こうで動く気配がして、きゅっと心臓が締まる。
カチャと静かに開いたドアから顔を覗かせたかずは、俺を見るなり驚いた顔をした。
「あれ…寝てたんじゃないの?」
「あ、いや…ごめん。あ、これ…」
一度だけかずと目を合わせたのが精一杯で、すぐに目を伏せて手の平のシュークリームを差し出す。
「あ…ありがと」
受け取りながら声が柔らかくなったかずは、多分笑ってるんだろうけど全然そっちを見れなくて。
やっぱりかずの顔を見るとダメだ。
普通にしようと思えば思う程、変に意識してしまう。
「…入んないの?」
僅かに開いたドアの前で突っ立っている俺に、かずから窺うように声を掛けられて。
「…おぅ、」
小さく返しつつ部屋に一歩を踏み入れると、いつも来ている筈なのにやたら緊張してきた。
「どうしたの?そんな顔してさ」
ベッドに腰掛けたかずに不思議そうに見上げられ、妙な距離感を保ったままなのを自覚する。
いつもなら了承も得ずにベッドに座ったり寝転んだりしてるのに、今日は全然そんな気になれない。
体が熱く、強張ったように動かなくて。
だめだ、こんなんじゃ…
いつも通りやんなきゃ…
「あ、潤くんごめん。ちょっとお願いなんだけどさ、」
ふいに発せられたかずの言葉に、必要以上に反応して肩を揺らしてしまい。
「っ!…あ、なに?」
「…てか大丈夫?具合悪いの?」
訝しげに眉を顰めるかずが立ち上がったのに合わせ、思わず一歩後ろに退く。
あ…明らかに今のはマズかった。
完全にかずが怪しげに俺を見つめている。
「っ、大丈夫だから!てゆうか、お願いって…?」
お願い…
かずが?なにを?
気付けばドアに背中がついてしまっていて、ごくっと息を呑んでそう問い掛けると。
「…いや、さ。今日の数学出らんなかったからさ、ノート見してもらおうと思って」
見上げるような眼差しで、軽く口を尖らせているかず。
その顔に、きゅうっと心臓が締め付けられて。
うわ…
やばい、かも…
「っ、ノート!取ってくるっ…」
早口でそう吐き捨て、背中のドアを素早く開けてかずの部屋から逃げた。