例えばこんな日常
第16章 憧憬モノローグ/AN
立ち去った潤くんを鏡越しに目で追いながら、一気に緊張感が押し寄せてきた。
てっきり潤くんが切ってくれると思ってたのに…
今日初めて会う人に髪を切ってもらうなんて…
やばい、どうしよ。
うまく振る舞う自信ない、俺。
潤くん近くに居てくれるかな…いや無理か。
「こんにちは、」
俯いていた背後から声を掛けられ、思わず肩を揺らして顔を上げた。
そこには、スラッとした小顔のイケメンがいて。
「店長の相葉です。今日はわざわざありがとうございます」
「あっ、いえ…」
「ごめんなさい、松本君はまだカットは出来ないので、僕が担当させてもらってもいいですか?」
「あっ、はい…」
意味もなくペコペコしながら返事をして、チラッと目を上げてみる。
目が合ってニコッとされた時の目尻の皺が優しそうで、とりあえずほっと一安心した。
シャッシャッというハサミの音をぼんやり聞きながら、鏡越しのその手元を見つめる。
さっき相葉さんから仕上がりのイメージを説明されたけど、よく分かんなくて。
もう全部お任せします、何も言うことありませんって言ったら、また目を細めて笑った。
茶髪なのにどこか清潔感のある髪形も襟足が短いからかなぁ。
なんてことないTシャツに黒いシャツ羽織ってるだけなのに、なんでこんなカッコ良く見えるんだろう。
手際良く動く手元も、指が細くて長くて。
そう思ったら俺のまん丸な手が妙に恥ずかしくなって、クロスの下でぎゅっと両手を握り締めた。
「…二宮さん」
「っ、はい…」
「なんか緊張してますよね?」
「あ…すみません。
俺…美容室とか、初めてで…」
「あ、そうなんですか!へぇ~そうなんだ」
言いながら、なぜか嬉しそうに笑っている相葉さん。
「じゃあ…僕が二宮さんの初めての人だ」
『ね?』と手を動かしつつ鏡越しに微笑まれて。
言い方とか若干気になるとこはあったけど、その相葉さんの笑顔につられて小さく笑みを溢した。
「ぁ、やっと笑った」
「…え?」
「やっと笑ってくれましたね、」
チラッと鏡を見て、ふふっと笑みを溢す。
そういえば、ここに来て一度も笑ってなかったな。
緊張し過ぎてそんな余裕なかったから。
なんか…
いいなぁ、この人。