例えばこんな日常
第16章 憧憬モノローグ/AN
それから相葉さんが積極的に話しかけてくれたおかげで、緊張も解れてあっという間にカットが終わった。
職業柄なのか分からないけど話が上手で、おまけに俺のこともたくさん褒めてくれて。
普段褒められることなんてそんなにないから、なんかムズムズしたけど。
でも、相葉さんに言われるとお世辞じゃなく聞こえてくるから不思議。
こうやってお客さんの心まで気持ち良く仕上げるなんて、美容師って凄いんだな。
潤くんにシャンプーをしてもらいながら、さっき相葉さんから言われたことを思い出して自然と口が緩んでしまう。
「なに、痒いとこあんの?」
「ううん、あのさ、相葉さんって凄いね」
「店長?」
「うん。なんか俺ね、すげぇ気分良いもん、今」
「なに?なんか言われたの?」
「ん。いっぱい褒められた」
「え~お前褒めるとこあんの?」
「うるさいな。潤くんはまだまだ修行が足んないの」
そう悪態はつきながらも、丁寧に洗ってくれる潤くん。
…やっぱり今日来て良かったかも。
初めての美容室でどうなることかと思ったけど。
初めてが相葉さんだったから良かったんだ、きっと。
今まで、初対面でこんなに話ができたことなんてなかった。
相葉さんの声とか、笑顔とか、話術とか。
全部、俺にとって心地良いものだったから。
すごく…
いい人だな、相葉さん。
最後の仕上げで、相葉さんが丸い回転椅子に座ってサイドの髪をハサミで整える。
鏡に映る自分を見ながら、久し振りにこんなに短くしたなぁなんてぼーっと考えていると。
「…二宮くんてさぁ、彼女いるの?」
ふいの質問に、思わず傍の相葉さんをチラ見する。
すっかり打ち解けた俺たちは、この数時間で呼び方も話し方も変わった。
それはいいとしても、突然踏み込んだ質問をされ言葉に詰まってしまい。
…って、別に詰まるようなことはないんだけど。
「…いや、いませんけど、」
「えっ、そうなの?こんなに可愛らしいのに」
「へっ…?」
「あっ…ごめん、可愛いとか言われてもね、男だしね」
『ごめんごめん』と間近で苦笑する相葉さんを鏡越しに見て、どうリアクションしたらいいか分からずにただ顔が熱くなった。