
例えばこんな日常
第16章 憧憬モノローグ/AN
"いらっしゃいませ"
上品な口調でそう招かれても、今ではすっかり笑顔で会釈できるようにもなった。
相変わらずカチッとキメた潤くんに誘導され、回転椅子に腰掛ける。
明るい照明も、軽快なBGMも、漂う芳香も。
今まで縁の無かった煌びやかな空間が、こんなにも居心地の良いものになるなんて。
それに…
「いらっしゃいませ」
鏡越しに視線を遣れば、現れたその姿につい頬が赤くなる。
後ろからクロスを掛けられるこの瞬間に、いつも相葉さんの良い香りが鼻を擽るから。
チラリ目を上げると、鏡越しに微笑まれて更にどきどきしてしまう。
「…わざわざ予約しなくてもいいのに」
「だって…」
「家で切ってやるって言ったじゃん」
少し呆れたように口元を緩めながら、シザーケースからハサミを取り出して。
「一緒に住んでんだからさ」
「…違うんです」
『ん?なにが?』と目線を合わせてくる相葉さん。
…相葉さん、違うの。
俺はね、この仕事中の相葉さんに会いに来てるんだ。
もちろん、いつも一緒に居てくれる相葉さんも大好きだけど。
初めて会った時に感じた相葉さんのオーラは、多分一生忘れらんないから。
…やっぱり、今日も相葉さんはカッコいい。
「くふ、なに?そんなじっと見て」
「…なんでもない」
「あ、今日ちょっと遅くなるかもしんない。
松本くんのカラーリングの試験だからさ」
「ぁ、はい…わかりました」
手際良く動く手元に見惚れつつも、相葉さんの元には次々に他の店員さんが指示を仰ぎに来る。
それに笑顔で応えていく姿にも、また胸がときめいて。
こんなに優しくてカッコ良くて、オシャレで、気遣いも出来る人が、本当に俺の恋人なんだろうか。
未だについそんなことを考えてしまう。
だって、俺と相葉さんとじゃどう考えたって釣り合わないもん。
…だけど。
「…なるべく早く帰るからね」
ふわり微笑みながら小声でそう囁かれれば、そんなネガティブな考えなんて一気に吹き飛んでしまうんだ。
相葉さんは、俺の永遠の憧れ。
そして…
永遠の、俺の恋人だから。
end
