
例えばこんな日常
第17章 高架下ランドリィ/AO
大きな音を立てて頭上を過ぎ往く電車。
去った後も余韻を残すかのように細かく振動する天井。
それが静まってしとしとと雨の音が再び聞こえ始めた時、乾燥終了の軽い電子音が鳴りベンチから重い腰を上げた。
もうすぐ、一年で一番嫌いな月がやってくる。
俺の誕生日は12月24日。
世間は、いわゆるクリスマスイブ。
その影に隠れて、今までろくに誕生日を祝ってもらったことがない。
その前に、誕生日もクリスマスも一緒に過ごす彼女なんていないけど。
…まぁ、こんな金曜日の週末にコインランドリーに来てるヤツに、彼女なんてできるわけないか。
心の中でそうぼやきつつ乾燥された服をカゴに投げていると、ガラガラと戸が開いて誰かが入ってきた。
バサバサッと傘を振る音がして、そのすぐ後に足音が近付く。
隣の乾燥機に服を無造作に入れ終えた様子のその人は、そのまま動かずにジッとしていて。
チラッと見遣ると、その人もこちらを見た。
…あ。
今朝、駅で傘を拾ってくれたその人だった。
俺には気付いていない様で、申し訳なさそうに口を開く。
「あの…小銭貸してくれません?」
「え?」
「財布忘れちゃって…」
今朝と同じようにふにゃっと笑って、俺の顔を窺う。
その笑顔に押され百円玉を3枚渡すと、『今度返します』と言って乾燥機が回り出したのを確認して出て行った。
300円は返ってこないなと確信したけど、別に損した気分じゃなかった。
なんとなく、あの笑顔に心が救われたような気がしたから。
