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例えばこんな日常

第17章 高架下ランドリィ/AO






その意味深な言葉を最後に。
次の、その次の金曜日も、あの人はコインランドリーに来なかった。


別に約束はしてなかったんだけど。
習慣になりつつあったことが急になくなるのは、なんだか寂しくて。


心のどこかで、金曜日にあの人に会えるのを楽しみにしてたから。


ベンチに座り、音を立ててグルグル回る箱をぼんやりと眺める。



そういえば、名前すら聞いてなかったなぁ…。



こんな時、一歩を踏み出せない自分を悔やむ。
俺に足りないものは、きっとこういうとこなんだろう。




***




12月24日。
街はすっかりクリスマス一色の中、俺はと言うといつものように家路に着こうとしていた。


珍しく朝から雪が降り積もり、今年はホワイトクリスマスです、なんて天気予報のお姉さんが言ってたっけ。


イルミネーションと、雪と、恋人たち。


この無敵なシチュエーションを前に、ここにひっそり歳を重ねたヤツがいるなんて誰が想像するだろう。


煌びやかな街並みをすり抜けるように、雪に足元をとられながらもひたすら無言で家路を急ぐ。


ちょうど曲り角に差し掛かった時、凍った雪に足を滑らせて盛大に転んでしまって。


尻もちをつく俺をよそに、行き交う人々は哀れんだ視線を送るだけ。


痛さや、冷たさや、恥ずかしさ。
色んな感情が一気に込み上げて、もうなんだか泣けてきた。



…なんだよ、これ。
ほんと、最悪な誕生日だ…。



「…大丈夫ですか?」


ふいに聞いたことのある声がして、顔を上げると。


「あ、」

「あ…」


あの人がサンタの格好で、ネカフェの看板を片手に屈んでこちらを窺い見ていた。


「ふふっ…なに転んでんの。誕生日に」


言いながら困ったような笑みを浮かべ、俺に手を差し伸べてくれて。


思わず掴んだ手の温もりに、堪らず涙が溢れてくる。


「えっ、どした?そんな痛かった?」


周りを気にして慌てる姿がなんかおかしくて、ぎゅっと握る手に力を込めて泣き笑いながら立ち上がった。



ーそう、あの日の誕生日は…


サンタがプレゼントだったんだ。

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