
例えばこんな日常
第25章 君が好きだと叫びたい/SO
"サンキュ"と呟いたその手に渡ったスケッチブック。
ページを捲る瞬間がスローモーションみたいに映って。
ドクドクと高鳴る心臓はもう飛び出してしまいそう。
そして目の前から聞こえるパラパラという紙の音がやけに鼓膜に纏わりつく。
俯いたままチラリ目を上げても、スケッチブックに隠れた櫻井くんの顔は窺い知れなくて。
何も言わないその様子に、大方予想していた結末が頭を過ぎった。
…やっぱり。
こんなの…
気持ち悪いよね。
「…へぇ」
急に届いた短い呟き声。
思わず目線を上げれば、同じようにスケッチブックから顔を上げた櫻井くんが。
「めちゃめちゃ上手いじゃん」
思いがけないその言葉と。
しっかりと俺だけに向けられている笑顔は、いつもと変わらないそれで。
え…
「いやだけどさ、もうちょっと鼻高くね?
あと唇こんなに分厚い?俺」
言いながら眉をハの字にして笑う顔に、色んな感情がごちゃ混ぜに押し寄せてきて。
「っ…ごめ、」
「…えっ!?いやちょっと!なんで泣くの!?」
堪え切れずに堰を切った想いがどんどん溢れ出てくる。
止まらなくて眼鏡を取りごしごしと目を擦っていたら。
ずいっと目の前に差し出された皺くちゃのハンカチ。
ぼやける視界に映るのは、困ったように眉を下げて覗き込んでくるいつもの顔。
「智…大丈夫か?」
"智"って俺を呼ぶいつもと変わらない声。
いつもの…
いつも見つめている大好きな櫻井くんがそこに居た。
あぁ…やっぱり。
やっぱり俺…
どうしようもなく好きなんだ、この人が。
ハンカチを受け取ってごしごしと目を擦る。
その間も櫻井くんは何も言わずに見守ってくれているようで。
「ごめん…ありがと…」
これ以上心配させたくなくて俯きながら無理やり微笑むと、向かい側でも小さな笑い声が響いた。
「うん…やっぱ笑った顔好きだわ」
続けられたそのフレーズ。
自分の耳を疑って顔を上げれば。
「俺さぁ、智の笑ってる顔好きだわ、うん」
言い終えて、ニッコリと微笑むオレンジ色に照らされた顔。
その眩しさと嬉しさで、せっかく止まった涙がまた溢れ出してきて。
慌てる櫻井くんの声を耳にしながら、またハンカチで顔を覆った。
