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例えばこんな日常

第29章 オペ室の悪魔と病室の天使/AN


《天使と悪魔のご対面》



その日の世良は足取りも軽く無駄にニコニコしながら医局に入ってきた。
いつにも増して爽やかな笑顔で挨拶を交わす様は研修医の割には疲労感が全く窺えない程である。
その理由はただ一つ。世良はこの日、渡海へのプレゼントを準備していたからだ。


若干の緊張と大きな期待。
きっと渡海はこのプレゼントを喜んでくれるはずだと世良はそう確信していた。


「なんだ世良。渡海先生んとこ行くのにそんな嬉しそうな顔して」


仮眠室へ真っ直ぐ向かおうとした世良に苦笑しながら声を掛けたのは、大学のサッカー部の同窓で先輩の垣谷。
面倒見の良い垣谷は一年目の世良のことをよく気に掛け、真面目な性格故に時に突っ走りがちな後輩に社会の厳しさを説くこともある。


「いえ、別に何でもありません」

「嘘つけよ。顔がニヤけてんだよ」

「えっ、分かりますか?いや、実は今日…秘密兵器があるんで」

「秘密兵器?なんだそれ」

「ふふっ、秘密です」


すみませんと言いながらナイショのポーズを先輩に決め込む体育会系の世良。
その楽しそうな後ろ姿をコーヒー片手に首を捻りながら見つめる垣谷だった。



いつもの短いノックのあと入室した世良の目に飛び込んできたのは、今まさに食事を摂ろうと炊飯器の前に立っている渡海の丸まった背中。
その丁度のタイミングに急激にテンションの上がった世良は、片手に握ったビニール袋の中身を取り出し駆けて行く。


「渡海先生っ!あのっ、これ…」


世良の大き過ぎる声に動じることなく黙々と茶碗に白飯を装う渡海。
そしてチラリと視線だけを送りソファに腰を下ろした。


「…なに」

「あの、これ渡海先生に…あっ、ちょっストップ!」


傍らの世良には見向きもせず淡々と食事の準備を進める渡海の前に差し出された物は。


「TKG専用醤油です、渡海先生」

「…あ?」

「TKGです、卵かけご飯じゃないですか!これかけてみてください、抜群に美味いですから!」

「要らん。俺はこれで十分だ」

「ちょっと!全然違いますって!ダシが利いて卵との相性も良いのでサラサラっといけちゃ」

「知らんうるさい邪魔」


世良の熱烈なTKGプレゼンも渡海の前ではただのたわ言に過ぎなかったようだ。
健闘虚しく無言で飯を掻き込む渡海を呆然と見つめるしか術はなかった。

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