例えばこんな日常
第29章 オペ室の悪魔と病室の天使/AN
「……え?」
飄々と告げられたその台詞に世良の思考回路はフリーズした。
何らかの関係性があるとは踏んでいたものの、相葉が発した言葉は世良の想像を遥かに超えてきたからだ。
元カレ…?
嘘だろ…
マジかよっ…!
もう一度相葉の言葉を反芻し、ようやく正常に働きだした脳には余りにも衝撃的な事実で。
世良は思わず口を覆ってふらりと一歩後ずさった。
「あれ?これ言っちゃマズいやつ?
あ、もしかして君ってば征司郎のこと狙ってんの?」
「っ…!」
「おい、勝手なことベラベラ喋んな」
ふいに背後から不機嫌な声が響いたかと思えば、顔を顰めた渡海が白衣の下の着古したジャージのポケットに両手を突っ込んで入ってきた。
「征司郎っ!」
そんな渡海を見つけるなりベッドから飛び起きた相葉が慣れ親しんだ名で呼びながら駆け寄っていく。
間近に迫った笑顔の相葉を、渡海は鬱陶しそうに眉を顰めて見上げた。
「…何しに来たんだよ」
「何その言い方。俺患者だよ?征司郎に治してもらおうと思って」
「今更何言ってんだよ。もうお前とは関わらないって言った筈だ」
「もぉそんな冷たいこと言うなって!ねぇ、昔みたいに呼んでよ俺のこと」
「は?何言って…」
グッと顔を近付けて渡海の華奢な腰に手を回す相葉。
一瞬で恋人同士の雰囲気に様変わりした二人を前に目の遣り場に困った世良は、持っていたカルテですかさず顔を隠した。
「ねぇ征司郎…呼んでよ、前みたいに」
「…やめろ、離せ。つか何だよその汗」
「え?腹筋してたの」
「は?バカじゃねえの」
「あ、すぐそんなこと言うー」
「いいから離せって」
「くふ、すぐ耳赤くなんのも変わってないね」
「うるさい黙れ」
ギロっと睨みつけるその目元は威勢に反し潤んでいて。
至近距離で瞳を交差し合う二人は目で会話をしているようにも見える程。
カルテをずらしてこっそりその様子を窺っていた世良は、目の当たりにした光景に早まっていく鼓動を自覚していた。
相葉さんが…
渡海先生の元カレ…。
てことは…
俺も全然脈アリってことだよな…
例えライバルと思われる人物が現れようとも、不幸中の幸いの幸い部分だけを切り取って捉えることのできるこの男。
何度も言うが、この世良という男は超がつく程のポジティブ人間なのである。