例えばこんな日常
第30章 答え合わせ/AN
新人社員の一日は長い。
現場の責任者である平田は、日中の工事業務に加えて資材の発注や書類作成等やらなければならないことが山積みである。
配属されて間もない身分、時間内に業務が終わらない場合はやむを得ず残業になることもしばしば。
この日も平田は一人デスクでパソコンと向き合っていた。
誰も居ない事務所内。
昼間の賑やかさとは一変して静寂が辺りを包み込む。
間近の時計を一瞥し気合いを入れ直すと、再びキーボードに指を掛けた。
その時ガラッと入口の引き戸が開き、その音に平田は思わず指を止める。
「…あ、お疲れ。まだやってんだ」
現れたのは原付メットを片手に事務所を覗き込む誠治であった。
突然の誠治の登場に平田は動揺した。
なぜならば今、ここには自分と誠治しか存在していないから。
「あ…ちょっと仕事残ってて。誠治は?忘れ物?」
「いや…まぁそんなとこかな。ちょっとね」
「ふふっ、なにそれ」
努めて冷静に、普段通りに会話を進めようとする平田だったが、ふと誠治の挙動に違和感を覚えた。
ここに来た理由は忘れ物なのか何なのかはっきりしない口振りだった上に、先程から事務所内をただうろうろと動き回っている。
チラチラと視界に入ってくるその姿に、平田は思い切って席を立ち歩み寄った。
「…誠治どうしたの?探し物?」
「えっ?あ、いや…」
「一緒に探そっか?」
「いやいい!そうじゃなくて…」
薄暗闇に浮かぶ誠治の表情は普段あまり見ないものだった。
何か言い淀むような隠しているような。
その理由が何なのか皆目見当は付かなかったが、平田も誠治には隠していることがあるのは事実。
これ以上詮索するのも良くないと思い、せっかくの二人きりの時間なんだと言い聞かせ話題を変えようと口を開いた時。
「あのっ、さ…」
平田が言葉を発する寸前に届いた誠治の声。
この場にふさわしくない音量であったことと、急に切り出した誠治の先程とは違う表情に平田は息を飲んだ。
「あの…もしかしてさ。いや…違ってたらごめん。
もしかして平田って…」
誠治は何を言い出すのだろう。
もしや誠治は自分の気持ちに気付いているのではないか。
そう疑心した平田は決意したように拳を握り締めて誠治の言葉を遮った。