例えばこんな日常
第7章 99.9%難しい恋/MO
「…もう少し、考える時間をくれないか」
左手の小指を触りながら、視線を彷徨わせてポツリと呟いた。
「…どうしてですか?社長がお嫌であればすぐにご連絡いたしますが、」
「いやっ、違うんだ…。
あんな無礼で変なヤツなのに…なぜだ。
村沖…なぜ俺はアイツをクビにできないんだ?」
デスクの縁に浅く腰掛けたまま、弱々しい眼差しで訴えかけてくる。
…あぁ、やっぱりそうなのね。
肩を落として俯いている社長に、静かに語りかけた。
「社長…それは恋ではありませんか?」
「…こい?」
「えぇ。社長は深山先生に恋をなさってるんです」
ニッコリ微笑んでそう告げると、トンと床に降りた社長が呆れたように笑う。
「ははっ、恋だと?そんなわけないじゃないか!
俺がアイツに恋?はっ、冗談はよしてくれ村沖、」
「冗談なんかじゃありません。社長は間違いなく深山先生に恋をしています」
「っ、なんでそう言い切れるんだ?そもそも俺もアイツも男だぞ!?
男が男を好きになるなんてあり得ないだろう!」
「あら、そうでしょうか。私が以前お付き合いしていた方は、私との前は男性とお付き合いしていました」
「えっ、あのハワイの男?」
「はい。人が人を好きになる、という感情は性別に左右される必要は全くないのです。むしろ、そういう垣根を越えて互いが通じ合うことは、とても素晴らしいことだと思います」
静かに力強くそう社長に告げると、半開きだった口を慌てて閉じて顔を背けた。
「しかし…そんなのは普通じゃない。
常識的に考えてもおかしいじゃないか、」
スタスタとブラインドの前まで歩いていき、窓台に両手をついてチラッとこちらを見る。
…わかってます、社長。
大丈夫ですから。
「お言葉ですが…社長に常識などという凝り固まった言葉は似合いません。いつだって常識に囚われずに、ここまで駆け抜けてきたじゃありませんか」
「…村沖、」
「相手が何であれ、掲げた目標には全力を尽くし必ず達成に導くのが、社長のポリシーの筈です」
顔だけ振り向いて私を見つめた社長の視線が、ゆっくりと上方へ注がれる。
「…ターゲット、フルスピード、トゥーマンス…」
呟いたその瞳が強い意志を持ったのを確信して、心の中でほっと一安心した。
…さて、今回の相手は手強そうね。