例えばこんな日常
第7章 99.9%難しい恋/MO
《告白はディナーのあとで》
隣を歩く少し高い位置にある横顔を盗み見ながら、通ったことのない道に多少の不安を覚える。
ヤツの事務所を出るやいなや、村沖が噛みつくように俺にこう言った。
『仕事とプライベートを混同されては困ります』
…別に会食なんて、今日じゃなくてもいつでもできるじゃないか。
そもそも村沖が"深山先生の事務所に行ってみましょう"って言ったくせに。
そんなことより…アドリブで昼飯を誘ったことをもっと評価してくれてもいいんじゃないか?
断られたにしても、こうして食事の約束に行き着いたんだから。
あそこでとっさにアレを思い浮かぶなんて、もしかしたら俺って恋愛に向いてるんじゃ…
自然とほくそ笑む顔を手で隠していると、隣の歩みがピタッと止まってこちらを振り向いた。
「ここです」
指差した先には、見るからに大衆居酒屋といった雰囲気の店があって。
のれんの横には怪しげな提灯がさげられている。
「ただいま〜」
ガラッと戸を開けて先に入ったヤツの言葉が引っかかった。
…ただいま?
気後れしつつ中に入ると、表の提灯と同じ頭をした男がこちらを見て。
「おかえりー…あ、いらっしゃい」
その男は俺を上から下まで眺めると、店の奥に歩いていくヤツに声をかける。
「なあ、あの人どっかのお偉いさん?
うちなんかに来て大丈夫?」
ひそひそ声でチラッとこちらを見るから、思わず俺も眉をしかめて睨み返す。
「大丈夫ってなにが?
あ、どうぞ座って」
エプロンの紐を結びつつ、厨房に入りながら自然な感じで俺に着席を促した。
…え?
「…君が、作るのか?
というかここは…」
「ここ僕んちです。
二階に居候してて。
あ、鮫島さん食べれないものとかあります?」
飄々と言いながらYシャツの袖を捲る、目の前のコイツ。
次々と出てくる言葉とこの状況に疑問しか浮かんでこない。
ここが家?
居候してるだと?
そして…料理を作ってくれる、のか?
「鮫島さん?好き嫌いありません?」
カウンターの側で口を開けて固まる俺を覗き見て、ヤツが声をかけてきた。
「あ、特にはない…大丈夫だ」
「そうですか。あ、どうぞ」
改めて席を勧められ、たじろぎながらもカタンと椅子を引いて素直に座った。