例えばこんな日常
第7章 99.9%難しい恋/MO
わざと咳払いをして、今度は少し大きめの声で口を開いた。
「君はっ…好きな人は、いるか…?」
確実に届いたと思ったのに、ヤツは全くの無反応で手元だけを動かしていて。
…聞こえてないのか?
もしや俺の問いにどう答えるか真剣に悩んでるんじゃ…
まあいい。
後ろを向いてる方が色々と好都合だ。
そんなヤツの後ろ姿をチラチラ見ながら、ぽつりぽつりと話を続ける。
「…その、君と、初めて会った時は…
正直、変なヤツだ…と思ってたんだが、」
心臓の音が鼓膜にドクドクと響いてくるのが分かる。
気を抜いたら震えてしまいそうな声をなんとか張って、静かに紡ぐ。
「なぜか、君の…
君のその、笑顔が…
頭から…離れなくて、」
視線を落とした先の組んだ両手を見つめて、ぐっと唾を飲み込んだ。
「俺は…君が…
君のことが…
す、す、す…好き、だ…」
言い終えて、ふっと力が抜けた。
思いの外すんなり出た言葉に自分でも驚きつつ、すぐに安堵感と達成感がじわじわと込み上げてきて。
言えた…
言えたぞっ!
嬉しくて顔を上げたところに、丁度のタイミングでことりと皿が置かれた。
ニッと口角を上げて目の前に出された料理と、ヤツの顔を呆然と眺める。
え…?
「冷めないうちに」
「あ、いや…あぁ。
その…さっきの、聞いてたか…?」
「え?なんか言ってました?」
「えっ?聞いてなかったのか…?」
「あー…事件のこと考えてて。
もう一回言ってもらえます?」
またいつものヘラヘラ顔で悪びれなくそう言う。
な…なに!?
聞いてないだと!?
俺のっ…俺の、決死の告白をっ…!
あまりの恥ずかしさに拳をぎゅっと握りしめた時、店の扉がガラガラと開いた。
「あ!ちょっとーそこあたしの席なんだけどっ!」
派手な格好をした若い女が、俺に抗議してきて。
「ヒロくんのお顔を見れる特等席なの!
どいてくれる?」
…ひろくん?
「…君は、」
「あたしはヒロくんのカノ、ジョ」
キメ顔でそう言う女の言葉が頭の中でリフレインする。
彼女…
なんだ…いた、のか。
「…急に具合が悪くなった。
すまないが…失礼する、」
「え?ちょい、」
背後でヤツが何か言ってたが、聞く気力は残されてなかった。
…鮫島零治、玉砕。