和服男子に恋されて
第2章 アプローチ
龍一に呼ばれて龍一の部屋へ入ることは、雇い主と家事手伝いの関係として珍しくはなかった。
シンプルで和モダンな雰囲気に包まれた龍一の部屋は弥子の部屋より少し広いだけで、家具の数は然程大差なく。
香水なのかいつも良い香りがすると、弥子は入る度に感じていた。
緊張もせず、今迄にこうして何か頼み事があり部屋へ呼ばれると、深く考えずに用を済ませて出て行く。
それだけのことなのだが。
「すみません。袖の糸がほつれたので、縫って貰えますか? 裁縫道具は用意してありますから」
先に部屋へ入った龍一が弥子の方を振り返り、自身が着ている着物の袖を見せてくると。
弥子は緊張しながら、礼儀正しく頭を下げる。
「はい。承知しました……」
まさか自分が普段の何倍も今龍一のことを意識し、自分の体温を上昇させようとは……弥子にとっては驚くことだった。
だが龍一から恋愛感情を抱かれていると思うと、部屋の中に響きそうな程鼓動が高鳴る。
今までに異性と交際した事がなく、恋愛に対して免疫がないせいだとは思うが、そんな弥子のことなど梅雨知らずといった風に、龍一から相変わらずほんわかと微笑まれると。
「では、お願いします」
「はい……失礼します」
龍一から視線を逸らしながらまた頭を下げ、部屋のローテーブルに置かれている裁縫道具に手を伸ばす。
(先生に緊張している事がばれない内、早く終わらせよう……)
そんな思いとは裏腹に、更に弥子を悩ませる事が起きようとは、弥子はまだ知らなかった。