素晴らしき世界
第15章 それはやっぱりあなたでした
ウソだろ……
忘れることのない味が口の中に広がる。
あの日……
二宮さんが消えてしまった日、
1人で食べた煮魚の味だった。
でも、どうしてここに……
俺が勘違いしているのか?
俺が間違えるわけがない。
大好きな二宮さんの料理を……
俺は確かめるように
再び煮魚に箸を伸ばし、口へと運ぶ。
何度食べても、二宮さんが料理した
煮魚と同じ味付けだった。
松「箸が止まらないだろ?」
亭主が得意気に俺に尋ねる。
お皿を見ると、煮魚はいつの間にか
骨だけになっていた。
「とても美味しいです」
久しぶりに無我夢中で食べた。
二宮さんがいなくなってから、
ご飯が美味しいとは思えなかった。
二宮さんの料理が
大好きだったからなのか……
1人で食べているから、
美味しくないのか……
どちらにしても
『二宮さん』の存在が俺の日々に
幸せを与えてくれていたから……
松「それ、俺の味付けじゃないの」
「えっ?」
松「実は、ここで働いてたバイトくんが
得意だった料理なんだ」
働いていた……
亭主の言葉は過去形だった。
もしかして、二宮さんはここで働いてた?
松「常連さんにも人気の料理だったんだけど、
事故っちゃって……」
事故ってことは……
間違いない、二宮さんだ。
「……その方は?」
俺は確信を得る為、亭主に聞いた。
松「今は退院して、元気だよ!
怪我は大したこと無かったんだけど
意識が暫く戻らなくて……」
亡くなっていないのなら、
二宮さんじゃない……
松「まぁ、そのタイミングで
俺も店閉めて、修行に出てたんだ。
で、営業再開の連絡をしたら
挨拶に来てくれて……
その時に作ってもらったんだ!」
そのバイトの人なら、
二宮さんのことを知っているかもしれない……
「そのバイトの人は……」
松「いつになるかはわからないけど、
また働いてくれるって!
これでまた、常連さんも戻ってくるよ」
嬉しそうに話す亭主。
こんな近くに二宮さんとの
繋がりがあるなんて……
他の料理にも箸を伸ばしたが
どれも二宮さんと同じ味付ではなかった。
でも、とても美味しかった。
ありがとう……
バイトの人が作った二宮さんの味付けが
俺の食欲を復活させた。
消えてもなお、二宮さんが
俺に幸せを与えてくれた気がした。