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素晴らしき世界

第31章 向かい合わせ

「今日は皆さんにお知らせがあります」

毎回代わり映えのしない上司の文言と、
その近くにいる笑顔を抑えきれない女子社員。

「今月末でさちえさんが寿退社します」

反射的に送る拍手に何の感情もない。

きっと俺の隣にいるヤツも……

チラッと横目で様子を見てみると、
いつにも増して冷めた目で
ペコペコと頭を下げる彼女を見ていた。


まさか……


「俺、あの子ずっとお前、狙いだと思ってたよ」

視線を前に向けたまま話しかけてみる。

「あんなの媚売ってるだけだろ?」

嘲笑う姿に俺の勘……

『彼女と浮気』というのは的外れのようだ。

「そんなことないだろ?お前のとこ子供いないのは
なんでですか?って、俺しつこく聞かれたぞ?」

松本のパートナーが男だと知っているから
狙っている女子社員も少なくない。

世間では同性の結婚も認められ、偏見もない。

でも、男は女と結婚する。

それが当たり前で常識なのも事実。

だからこそ、近づく女子もいるんだと思う。

男に負ける訳がないって……

男前なら尚更、女のプライドが許さないのかもな。


「もう、昔のことだろ?」

アピールがあった事は否定しないんだな。

「モテる男は、言うことが違うね~」


こんな男前を射止めたパートナーも
心配で仕方ないだろうな。


「今日は7時からお店、とってあるので!
みなさん、出席して下さいね~」

馬鹿馬鹿しい。

幸せアピールの飲み会なんてパスに決まってる。


けど……

あの家に戻って現実と向き合うのも嫌だ。


「出るの?」

「お前は?」

まるで俺の参加を見越したような問いかけに
思わず質問で返してしまった。

「お前が出るなら出ようかな…」

「怒られないの?」

「誰に?」

「パートナーさんに?」

「怒られないよ。お前は?」

「うちはね…問題ない…」

迷いもなく『怒られない』と答えられるって事は、
それだけ信頼関係がしっかり築かれているって事。


戸惑いながら答える俺と違って……

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