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素晴らしき世界

第31章 向かい合わせ

「か、可愛いって…なに、言って…」

「いや…同僚の相手に
なに言ってんだって感じですけど…」

元々、思った事を口にするタイプではない。

ここ最近、
思った事すらあったのだろうか……


だからこそ素直な気持ちを伝えられると
自分も素直な気持ちで答えてしまう。


「可愛いなんて、言われませんよ。
昨日もみっともないって呆れられちゃって…」

今見る限りは、みっともないという要素は全くない。

寧ろ、今日1日の仕事ぶりを見ていると
しっかりしているイメージ。

だから何でだろう?っていう疑問しかない。

「もう、俺のことなんて何とも思ってないんですよ。
キスだって最後にしたのいつだったかな。
2年以上してないですよ!世間で言う…なんて、
言うんだっけな、そう、仮面夫婦ってやつですよ!」

まるで俺と雅紀の事を言っているよう。

そしてその仮面夫婦でさえ俺は
終わりを迎えようとしている。

「お待たせしました!カルビ二人前です」

暗くなりそうな雰囲気を吹き飛ばした
店員さんの明るい声はまるでこの話は
終わりと告げに来たみたい。


食べる時くらいは何もかも忘れて、
思いっきり楽しみたい。


俺は運ばれてくる肉を並べられるように、
スペースを空けていく。

そのスペースを埋めるように、
注文したものがどんどん運ばれていく。

「食べれるかな…」

その言葉に俺は心の中でハッとした。


この注文量は……

俺と雅紀がいつも食べる量。


見た目の割によく食べてたっけな。


「アイスクリームもつきます!
たくさん、食べましょう!」

引きずられそうになる思い出を
振り払うようにお肉をバンバン並べていく。


焼けるまで何か話を繋げないとって思うけど……

俺の焼く様子をジッと見ている表情に
声をかける事ができない。


笑っているのに……悲し気な瞳。


きっと俺と同じで何かを思い出しているんだ。

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