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夏恋

第1章 夏恋

 帰り道。川口くんは男の子をおんぶしている。背中で眠りについていた。

「疲れたんだね」

「そうだな。おばさんが風邪引いちゃってさ。行きたいって言うからさ。楽しんでくれたみたいでよかったよ」

 月が優しく照らす。微笑む川口くん。私の心は少し穏やかでいられる。

「椎名の家、どっち?」

「川口くんは?」

「俺は、こっち」

「反対側だね」

「遅いし、危ないから送ってくよ。椎名のおかげで、こいつも喜んでくれたしな」

 川口くんの優しさが嬉しい。けれど、先輩にもこうして送って欲しかったなって。こんなこと考えないほうがいい。考えちゃだめ。そう思うのに……。


 「無理しなくていいよ」

「どうして、川口くんは何も言わないの?」

「だって、言いたいことは自分で言うだろ?」

「そうだね」

 当たり前のように答える姿に、同い年なのに大人だなって思った。その後、川口くんの部活の話やゲームの話など他愛もないことを私の家に着くまで話してくれる。

「今日は、ありがとう」

「おう! ゆっくり休めよ」

「うん、ほんとありがとね」

「おー! じゃあ、また新学期な」

「ん、またね」

 私の言葉に川口くんは背中を向けて、来た道を帰って行く。私はその背中が見えなくなるまで見送った。

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