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旅は続くよ

第18章 村尾さん

Nside



ただでさえ緊張してるのに

市役所なんて滅多に来ない場所だから

「広報室の村尾さんに会いたいんですが」

総合案内カウンターのおばちゃんに告げるだけで

声が上擦ってしまった


「お約束ですか?」

「はい。二宮です。あ、えっと4時に」

この位取材で慣れてる筈なのに、出てくる言葉が支離滅裂

雲の上の人と会う緊張感と不安と期待で

案内された廊下を歩く時も

左手と左足が同時に出てしまったのが我ながら笑えた



3階の奥にある広報室

そのまた奥の茶色の扉

まるで校長室に呼ばれた小学校1年生みたいな気持ちになった

「初めまして。二宮和也と申します」

「ようこそ。村尾です」

簡単な応接室に2人差し向かいで座ると

村尾さんは気さくに話し掛けてくれた


「二宮さんは随分若く見えるね。失礼だけど何歳?」

「25歳です」

「あ~、そっか。私の息子より若いんだ。いいねぇ、そういう若い世代が世に出てきたんだねぇ」

「えっと…、失礼ですけど村尾さんはお幾つなんですか?」

「私?今年もう58になります。
病気もしたけどね、良い経験になりました。
退院した今だから言える事かもしれないけど、人間いろんな経験してみるもんですね」


カリスマ編集長なんて俺らの世界じゃ神様みたいな人だから

もっと威圧感のある人物を想像してたんだけど

向かい合ってる人は、紳士的で人当たりのいい溌剌とした男性

でも、そこはやっぱり流石なモンで

世間話から若い頃の経験談で俺を引き込み

知らない内に俺は自分の事をペラペラと聞かれるままに話し出していた



「無責任な事を言わせてもらうとね、
『後ろばかり向いてるな』って罪悪感を持ってるなら思い切って前を向いてみれば如何ですか」

「思い切って…ですか…」

「そう、多少無理やりにでも。
ダメならまた後ろ向けばいい。
斜め後ろでも横でも、好きな方を向いていいんですよ」

「いいんですか?そんなんで…」

「別に構わないでしょう?
皆が皆、前向きに生きてるわけじゃない。
乱暴な言い方かもしれないけど、自覚してるかしてないか、それだけじゃないかなぁ」

なんか心理カウンセリングみたいになってきたね、と村尾さんは笑った


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