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旅は続くよ

第18章 村尾さん

「偉そうな事言ってるけど、私だって入院中はそりゃ酷かった。
医者にも家族にも『俺は後どれ位の命なんだ!?』って散々困らせましたよ。
ホントに『あと何ヶ月ですよ』って言われたら怖いくせにね。
手術するのも嫌がって、子供以下ですよ」

その気持ちをずっとノートに書き続けたと言った

読み返しては自分の弱さに嫌気がさし、

意味のない行為だと思っても書く事を止める事が出来なかったと笑った


「人生は旅だ、と昔の人は上手い事を言ったものです。
“旅”ですからね、道は1本じゃない。
行き先も自由だ。でも皆歩いてるんです。
“生きる”とはそういうものだと病気をしてつくづく思いました」

村尾さんは少し目を細めて

その頃の自分を思い出したように笑った


「人間ってね、後ろ向きでも歩いてるもんなんです。
私は自分の弱さを書く事で、後ろ向きに目を瞑りながら、手探りだけで進んでる感覚になりました。
…それも存外怖くてね、チラッと時々前を窺うんですよ。薄目を開けて」

まるで少年みたいに薄目を開けて見せる

「そんな自分が危なっかしく思えてねぇ…。
でもやっぱり怖かった。だからこそ、思い切って前を向いちゃいました。
それが今の状況です」


病気は完治した訳ではないらしい

通院治療はまだまだ続き、再発の心配もあるらしい

マスコミの最前線に復帰する事は難しくても

思い切って前を向くために、こうやって市報やミニコミ誌を作る事から始めてみているのだ、と村尾さんは言った


「それでも書く事を止められない自分に付き合う事にしたんです」

そう言って笑う村尾さんが不思議だった


「…なんで、初対面の私にそこまで話してくれるんですか?」

誰にでもペラペラ話す内容じゃない

少なくとも俺にとってはそうだ

仕事探し中の性もないこんな若造に

初対面で何故ここまで話してくれるなんて…

不思議だよ


「市報の仕事にあなたを使ってくれないかと、私は櫻井さんに頼まれました。
彼は凄く熱心でしてね、あなたが今まで書いた記事も参考にと持ってきてくれたんですよ。ほら」

村尾さんの傍らに置かれた幾つもの紙袋には

覚えのある雑誌がギッチリ入ってて

付箋がビッシリと貼ってあった


翔ちゃんが、これを…?

いつの間にこんなに集めたんだろう

昔の仕事の事全部を話した事なんかないのに…


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