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旅は続くよ

第29章 聞き逃した弟の声

O「ふふっ、不満そうだね」

S「別に、不満ってわけじゃ…。
ただ…こんなの欲張りなんだって。
分かってんだよ」

O「自分で全部なんとかしてやりたかった?」

無言である事が答えになっていた

あんなに一生懸命になって世話してたくせに

そんな事気にするなんて…

改めて翔ちゃんのニノに対する気持ちに触れた気がした


O「好きなんだなぁ…」

S「…茶化すなよ。もう諦めるから」

O「なんで?」

S「なんでって…。もうフられてるし」

O「今までそんな事言わなかったくせに」

フられていようが嫌そうな顔されようが

今まで散々ニノに『仕事しろ』と迫った強気な男は何処に行った?


S「…でも、…もう潮時なんじゃね?
アイツも明るい所に出られた事だし。いい顔してたでしょ」

O「うん。嬉しそうにしてた」

S「…ニノさ」

O「ん?」

S「すげー綺麗に笑うんだ。
こんなフンワリ笑うヤツなんだって、改めて思った…」

O「惚れ直した?」

S「……そんなんじゃない。あの笑顔は、きっと…違うんだ」

O「何が」

S「………たぶん、俺じゃない」

「さとちゃーん!いるか~い!?」

翔ちゃんの呟きに被さるようにガラッと店の入り口が開いて

聞き慣れた大声が最後の言葉をかき消した


O「おっちゃん、いらっしゃい」

片手を上げながら店内に入ってきたのは、常連の近所のおっちゃんで

「前の読んじまったからさ、また何冊か見繕ってくれよ」

O「もう?早ぇな~」

本棚の前で手招きするから、カウンターから出て相手をした

「暇なんだよ、年金暮らしの老人だからさ。かーちゃんにも見放されて寂しいもんよ」

O「嘘ばっか。奥さんほっぽって遊んでるくせに」

「本当だよ~。なんかない?この前薦めてくれた推理モン面白かったからさ。
似たようなので、今度はボインなネーチャンが出てくるようなのがいいんだけどさ!」

O「ははっ!なんだよ、ボインって。そんな推理小説あったかな~…」


おっちゃんと本棚を漁りながら、ふとカウンターを見ると

翔ちゃんの姿はもうそこにはなかった


「さとちゃん!ほら、ボイン探偵!」

O「はははっ。ねーよ、ボイン探偵の本なんて」

おっちゃんとの明るくも下らない会話の中で聞き取れなかった翔ちゃんの言葉は

やがて俺の頭の中からもかき消されていった


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