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旅は続くよ

第35章 電話

N「今日はね、また新人クンが変なこと言い出してさ~」

最近ニノは、事あるごとに編集部で起きた面白い話をしてくれる

俺が新しい仕事がどうなのか聞いたのを気にしてくれてるのか、

リビングを通りかかると俺を呼び止め、今みたいにイチイチ報告してくれる


N「でね?ソイツが俺に言うわけよ
『二宮さん、麦茶とウーロン茶は違うって知ってましたか?』って。
急に何言ってんの!?って度胆抜かれちゃってさ~」

S「はは…っ。アホだな、ソイツ」

N「でしょ?飲みゃーわかるじゃない、そのくらい。味だって違うのにね
でもあんまり可笑しいからさ、言ってやったの
『日本の麦茶を中国ではウーロン茶って言うんだよ』って」

S「…ははは、ヒデーな」

N「ふふふっ、編集長も俺と一緒になって悪ノリしちゃってさ~」


良かった…

楽しい職場みたいだ

まあ、ニノなら何処でも上手くやっていけると思ってはいたけど…


なんて…嬉しいはずなのにな

手元から羽ばたいてくニノが美しくも疎ましい

そんな乾いた気持ちでニノの話を聞いてる自分が嫌になる

…俺は嫌な奴だな

『自分の足で立て』なんて偉そうな事言っといて、結局

蹲ってたニノの手を、いつまでも自分が引っ張っていたかったんじゃないか?

浅まし過ぎるだろ


…もういい

もう十分だ


S「俺の役目は終わったな…」

N「…え?」

S「もう…、お前には俺の手は必要ないだろ?」

思わず零れた言葉は、僅かな笑いすら含んでいた

N「…どういう、意味…?」


意味なんか無い

心の霧はいつの間にか胸いっぱいに重く圧し掛かっていて

眩しいくらい輝くニノが遠く感じて…

もう見えなくなりそうで…つらいんだ


S「ニノはさ…もうここにいる必要もないんじゃないか?」

N「…出てけって、事?」


そんなつもりはなかった

ただ、苦しくて堪らないだけ

ニノと離れて暮らすなんて嫌に決まっている

でも、傍にいると苦しいんだ

この苦しさから解放されるなら、それでも構わないと思うほど俺は追い詰められていた


ニノが茫然と俺を見てるのがわかってても

目を合わすことが出来ない

無言のままの視線が痛くて

本気で『出てけ』なんて思ってもいないのに、否定すらせず

俺はまた逃げるようにニノの前から立ち去った



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