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旅は続くよ

第42章 最後の思い出に

Nside



仕事で遅くなった夜、後は寝るだけという時間に翔ちゃんの部屋の扉をノックした

S「どうした?こんな時間に」

何かあった?と心配を含む表情に何も言わずにいると

半身をずらして無言で部屋に招き入れてくれた


寝る前に本でも読んでいたのかな…

部屋の電気は消されていて、ベッドサイドの灯りと枕元に伏せられた本が1冊

俺が床に転がっていたクッションを拾う時に、部屋の電気を点けようとスイッチに手を掛けたから

N「いいよ。このままで」

そう告げて、クッションを抱いて座った


抱きしめた柔らかな布からは微かに翔ちゃんの匂い

胸一杯に吸うように深呼吸すると、何だか少し落ち着いた気分になった


N「明日、土曜日でしょ?…急だけど何か予定ある?」

S「いや、特には」

そっか

予定ないのか

…だったら明日なんだな、やっぱり

いつまでも先延ばししたって仕方ないもんね…


N「連絡取れました」

ホントは、もっと前に連絡取れてたんだけどね…

いつまでも翔ちゃんの傍にいたくて、今まで言えなかったんだ

だからって、いつまでもグズグズしてても仕方ない

やっと…そう思って勇気を出したはずなのに

すぐ近くに座ってくれた翔ちゃんにやっと聞こえるくらいの声しか出なかった


N「ウチの父親。…明日午後なら会えるって」

S「…そっか」

N「一緒に来てくれる…?」


…聞こえなかったかな?

もう1度大きな声で言おうと思った時に、翔ちゃんがゆっくりと聞いてきた


S「俺も一緒に会っていいの?」

N「…ううん、会うのは俺1人。喫茶店で会うつもりだから、傍にいて欲しいんだ」

S「ん。わかった」

N「後ろの席とかさ、すぐ近くで聞いててよ。見本なんだからさ…」

S「ニノの言う通りにするよ」


昔の家から持ってきた父親の僅かな荷物を渡す事を会う口実にして

決して愉快な話をしに行くわけじゃない

会ったところで懐かしく思う相手でもない

長年心の底に溜まった文句は瘡蓋みたいにこびり付いていて

上手く話せる自信なんかない


それでも

俺が翔ちゃんにしてあげられる事は、これしか思いつかないんだ


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