
不透明な男
第12章 惑乱
あれから数日が過ぎ、俺は平穏に過ごしていた。
平穏と言うには少し語弊があるか。
だって毎日では無いが、翔の気配はいろんな所で感じていたし、Bは俺とヤリたくてうずうずしてるのがバレバレだし。
まあその度にAにシバかれて諦めてはいるが。
只、こんな呑気に社長を守っている場合でも無かった。
早く終わりたかったんだ。
だけど、俺はあの少年とは別人で。
昔の事なんて何も知らなくて。
そんな俺がどうやって両親の行方を聞き出せたもんかなと、俺は日々考えていた。
社「成瀬、どうだ?」
智「…社長を困らせる訳にもいきませんから」
社「了承してくれるかね?」
智「もう一度だけ、という事でいいんですよね?」
社「ああ、それきりと言う事で話は済ませてある」
夫人が社長に電話をよこしたらしい。
今後もそちらの会社と有効なお付き合いをさせて貰うなら、もう一度領くんに会わせてと、そう言われたと話す。
社「すまないな」
智「言ったでしょう?社長の為なら僕は何でもすると」
社「ああ…」
社長は満足そうに微笑む。
そんな社長に俺はキラキラした瞳を向けて声を発した。
智「あ…、あの車」
社「ん?」
壁に掛かっていた車の写真を指差した。
智「素敵な車ですね。こんなエンブレム見た事ありませんよ」
その車には蝶のエンブレムが付いていた。
社「ああ、それは付け替えたんだ」
智「へえ…。付け替えるなんて凄いですね。余程お気に入りの車なんですか?」
社「ははっ、まあな。格好いいだろう?」
智「ええ凄く。今も、この車は何処かに?」
僕は見た事がありませんから、大事に仕舞われているんですか?と社長に問いかけた。
社「ああいや、今はもう…」
智「もう?」
社「無いんだよ」
智「え?」
そうなんですか?素敵な車だから、この目で見てみたかったなと俺は言った。
智「壊れちゃったんですか?」
社「…海に、落ちてしまってね」
智「海に…?」
社「それっきりだ」
社長は黒い瞳を濁らせた。気持ちの悪い渦のように見える。
智「なんで海なんかに…。追突でもされたとか?」
社長の瞳に作られた渦を見ながら問いかける。
智「まさか、人なんて乗ってませんよね…?」
その濁った渦に、俺も飲まれてしまうのだろうか。
