
不透明な男
第12章 惑乱
家に帰った俺は、重い扉を開ける。
そのドアの先にある乱雑なまま放置された絵を壁に立て掛けた。
この気持ちの悪い渦のように見える絵。
これは海だ。
俺が見た黒い海。
俺が最後に両親を見かけたのは、あの蝶のエンブレムが付いた車に乗り込む姿だった。
その蝶の車に人は乗っていなかったのかと聞いたら、社長は俺に笑いかけた。
人なんて乗っている筈が無いだろう、タイヤが転がって勝手に海に落ちたんだと、俺に向かって笑ったんだ。
本当にそうなのだろうか。
この渦は、あの青年を飲み込んだ。
俺の両親も同じ様に、この渦に飲まれたのではないだろうか。
社長の瞳は濁った汚い渦の様に見えた。
俺と話す時は、澄んだ瞳、とでも言うのだろうか。
まるで濁りの無いキラキラした瞳で、俺の事を興味深く見る。
そんな社長が濁った瞳を見せた。
嘘を付いているのではないだろうか。
俺の疑心は止まらない。
俺だって嘘を付いている。
疑われない様に、バレない様にと毎日必死だ。
だけど、あの渦に飲み込まれそうになるんだ。
一度は逃げ出した渦。
黒くて深い闇の渦から俺は這い上がった。
恐怖から一目散に逃げ出し、あの青年を見捨てた。
そして、忘れた。
頭を空っぽにして、ニコニコと笑いながら毎日を過ごしたんだ。
なんの悪気も感じさせず、毎日を悠々と過ごしている社長と俺は同じなんじゃないのか。
俺の瞳も、濁っているんじゃないだろうか。
この絵は、俺の瞳なんじゃないのか。
本当に罰を受けるべき者は誰なんだ。
