イケメン夜曲 ~幸せの夜曲~
第6章 思惑
*
やがて、テリザの頭を撫でる手の動きが止まった。規則正しい寝息が聞こえてくるのがわかり、テリザはホッとした。
ラッドが、ここ最近相当の激務をこなしていたことは知っていた。だから、きっと疲れて眠ってしまうだろうということも。
テリザは眠気と疲労を押し込め、むくりと体を起こした。
もちろん、ラッドを起こさないように気をつけて。
まだ、頭がぼうっとする。
熱があるのだろう。しかし、今はそんなことは重要ではない。
時計を見ると、2時を回っていた。
―――午前2時。
テリザはそっとラッドの腕を抜け出し、クローゼットを開くと、ここに来たときに着ていた服に着替えた。
トランクに荷物を押し込み、バイオリンを入れたケースを持った。
もう、ここにはいられない。
深くかかわりすぎたから。
テリザは机の中に入っていたノートを開き、手持ちのペンでそこに書置きをした。
彼女は短いメッセージを書き終えると、最後にラッドの眠るベッドに振り返った。
―――ごめんなさい。
無責任でごめんなさい。
弱くてごめんなさい。
こんな私でごめんなさい。
短い間でも、居場所をくださって幸せでした。
もしも叶うならば、時間を戻したい。
何も知らなかったあの頃へ。
しかし、そのような夢を見る子供の時期は、とうに過ぎている。
―――だから、さようなら。
テリザはラッドから視線を外すと、そっと部屋を出ていった。
「さよなら、ラッド様―――。」
涙が出ないのが、これほど苦しいと思ったのは、初めてだった。