イケメン夜曲 ~幸せの夜曲~
第8章 織りなす言葉
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もう後は、何を、どう話したかなど分からない。へらへらとした笑顔で取り繕い、兄と喋って笑顔で別れた後は、テリザはひたすら足を動かして教会に向かった。
確か食材は少し残っていたはずだ。それで夕食を作って、クリスさんに礼を言って、仮住まいとしての宿に移動して。それから明日はアパートを探さないと。頭の一部分は、妙に冷静にそんなことを考えていたが、それを覆いつくそうとする何かが、重く体を支配していた。
包丁がまな板を叩く音が、耳に響く。クリスが帰ってくるのは大抵遅い時間だから、急ぐことはないだろう。野菜を刻みながら、テリザは眩暈を堪えていた。
───あいつが、お前を。
(うるさい、うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい)
テリザは歯を食いしばって包丁を野菜に叩きつけた。
(───負けるな)
四肢の千切れるような痛みを無視して鍋に手を伸ばすと、強張った手から、包丁が床に落ちた。拾おうと膝を床につくと、がくりと全身から力が抜けた。
(あ………)
テリザはそのまま床にへたり込んでしまった。早く立ち上がらないと。頭ではそう思うのに、体が言うことを聞かない。体に力が入らない。呆けたように、テリザは空を見つめていたが、その目は何も見ていなかった。床についた太腿から、じわじわと体温が奪われていく。