イケメン夜曲 ~幸せの夜曲~
第9章 追憶
甘く、優雅な音色が響く。バイオリンの弦が震え、テリザの幼い指先は、器用に音を紡いだ。しかし年端も行かぬ少女故、ぎこちなさが残る。音色が途中で止まり、あどけない少女は溜息をついた。
好きでもないのに、なんとなく初めてしまった習い事。自主練習を強制されて上達はしても、テリザの表情は浮かない。
テリザはバイオリンをテーブルの上に置くと、読みかけのまま棚の奥に押し込んでいた本を引っ張り出した。目を通しているうちに、テリザの頬は赤くなった。兄、ラルフの官能小説だ。十歳になったばかりのテリザにはその内容が所々理解はできていなかったが、それでもドキドキすることに変わりはない。
主人公の男は、宿で自分のものを行きずりの女に舐めさせているところだった。生々しい性描写に、テリザの胸は鳴った。しかし不意に部屋の外から足音が聞こえてきて、テリザは急いでその本を元の場所に押し込んだ。楽譜に書き込みをしているふりをすると、ドアが開いた。
「兄さん?どうしたの?」
「そろそろ俺の番だと思って……」
「ああ、そうね」
テリザは自分のバイオリンを持ったまま下がると、楽譜を兄に譲った。
ラルフは、テリザと同じくなんとなくバイオリンを始めた。故、さしてやる気があるわけでもない。彼もまたすぐに止まってしまう。
「ねえ、今日って父さんいつ帰ってくる?」
「帰りは多分遅いって聞いてるよ」
「そう」