イケメン夜曲 ~幸せの夜曲~
第9章 追憶
「それならもっと真面目にやれ!お前がやると言ったんだろうが」
「ごめんなさい」
なんとなく口にしてしまった、習い事。それがこんな地獄を呼ぶと知っていたなら、言わなかっただろう。尤も、楽器などなくともこの日々が変わるとも思えないが。
「いい加減にしないと、これをぶっ壊すぞ!!」
父はテリザの手からバイオリンをひったくると、金属製の本棚に向かってそれを振り上げた。
「いやぁあああ!」
「嫌ならやれ!!」
テリザの目からは、我慢していた涙が溢れ出した。
「父さん、そんなに言わなくても……」
見かねたラルフが小声で呟くように言うと、父は益々激昂した。
「お前は黙っていろ!出て行け!」
父にすごまれ、兄は素早く部屋を後にした。残されたテリザは、泣きながらバイオリンを構え直した。
一時間後───ようやく父の、「そうじゃない」「音程がずれている」「違う」「いい加減にしろ」という罵倒の嵐から解放され、テリザはぼろぼろになりながら部屋を後にした。
リビングルームでは、兄が一人で本を読んでいた。
「兄、さん……、ありがとう……」
「テリザ……?ありがとうって、何が……?」
「庇ってくれたから……」
「あ、ああ……」
たった一言だったが、父の罵声から守られることがなかったテリザにとっては、それが大きなものに思えた。