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第28章 坂内龍弥という男(その2)。


(森脇さんか……)

 彼女の名で思い浮かぶのは、医務室での出来事だ。あの時、池田先生が戻って来なかったら、僕は彼女に何をしていただろうか。そして彼女は僕に何を望んでくれただろうか。そんな事を考えてしまう。

 少しの事で恥ずかしがるクセに、大胆にも僕の指を咥えて濡れた瞳で僕を見上げていた彼女の顔を思い出す。あの時は化粧なんてしていなかったが、とても艶めかしい表情で僕を誘っていた。年甲斐にもなく、ドキドキした。その後、自分のした事に気付き、パニックになって固まっていたのも可愛かった。あの日の夜、息子が寝たのを確認してから、彼女を思い出して抜いてしまった。ガキかよって自分に突っ込んだ。

 妻と別れて十年近く。久々にときめいた心。だが、彼女の年齢はどちらかと言えば、今年十七歳になる息子の方が近い。彼女からしてみれば、父親に近い。流石に恋愛対象には入らないだろう。だから、彼女を見守るしかない。

 花見の後、平川と付き合う事になったらしいが、一日で別れたのは彼の最短記録じゃなかろうか。彼も恋多き男ではあるが、人に対しては誠実な奴だ。唯、誰にでもそうあろうとする為、付き合った女性は"特別"だと思われていないのではないかと勝手に思い込んで離れていく。しかし、今回、森脇さんに対する気持ちは別の様だ。誰にでも優しかった彼が、"何を措いても森脇さん"なのだから。

 そして、高槻。彼が部下にああいった形で手を出すのは珍しい。いつも冷静沈着な男であったし、配属されてきた女子社員の事など、構った事がなかったのに。森脇さんに対し、スーツとコンタクトレンズを買い与えるなんて、前代未聞だ。彼の言い分では、「一緒に働くならそれなりに見られる女性の方がいいと思ったから」と言う事だが、本心はどうなんだか。

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