おもちゃのCHU-CHU-CHU★
第8章 池田悠と言う男(その1)。
アタシが慌てて廊下を確認すると、そこには坂内部長の姿はなかった。当然と言えば当然だ。アタシが医務室に運ばれたのは、未だ、午前中だったのに、もう夕方になっているのだから。部長ともなれば忙しいだろうし、ずっとアタシの事を待っていてくれる筈がない。
部長に申し訳ない事をしたと、アタシが肩をがっくり落としていると、「着替えている間に、坂内部長と話をしましたら、心配なさらなくても大丈夫ですよ」と先生が教えてくれた。お待たせしたのではない事を知り、ホッと肩から力が抜ける。
しかし、先生が話さなければ、部長はずっと待っているか、交代で誰かを寄越しただろうと、先生が言う。「坂内部長は森脇さんを大変心配されてましたよ」と。アタシはその言葉に、胸が痛くなった。
アタシと一緒に仕事をしてみたいと思ってくれた部長。逞しい腕でアタシを軽々と持ち上げて医務室まで運んでくれた。アタシが何かを言うまで、何もせずに黙って頭を撫でてくれていた。その優しい手を思い出す。
坂内部長の下でなら、アタシも誰かの役に立つ、仕事が出来る様になるだろうか。そんな事を考えていると、先生が白衣を脱ぎ、ネクタイを緩めながらアタシに近付いて来た。