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第51章 【番外編】真夏の出来事(その2)。


 「見た事もない」と言うのは、下出の目がとても優しい目をしてアタシを見ていたからだ。ちょっと待って。何のつもりで、そんな目を? コイツはアタシの事を馬鹿にしてなかった? 今までの下出の行動を思い出して、アタシの頭の中は軽くパニックだ。

 下出はそんなアタシを見て、クスッと笑うとペットボトルを取り上げて、もう一口水を含む。そして、顔を近付けてくる。唇が重なったと思った瞬間。口の中に冷たい水が流し込まれた。吃驚してゴクンと水を飲み込むと、そのまま舌が捻じ込まれる。そしてその舌は、ゆっくりと丁寧にアタシの口の中を探った。下出から、そんな口付けをされるとは考えていなかったアタシは、驚きに目を見開くけれど。下出の手が、瞼を下ろせと言う様に目を塞ぐから。アタシは目を閉じて、下出の口付を受け入れてしまった。

 どうしたって言うんだろう。嫌いだった筈なのに。嫌じゃないなんて。未だ酔っているのだろうか。そうだ。きっとそうに違いない。二人共酔っているんだよね? そうじゃなかったら、下出がこんな優しいキスをするワケないもの。

 薄めを開けて見ると、下出の長い睫毛が伏せられているのが見える。その瞼の裏に彼女でも思い描いているのだろうか。アタシは下出が彼女の別れてしまっていた事等、この時知らなかったから、単純にそう思った。そう思ってから、胸がチクンと痛くなった。

 恋人への口付けって、こんなに甘くて切ないんだって。いつもアタシがされているのは、性的興奮を煽る様な、身体を弄りながらの淫らな口付けだ。こんな風に労わる様な、優しいものじゃない。下出はアタシの胸やお尻を触る事なく、腰を優しく抱き寄せているだけだ。

 暫く唇を重ねた後、少し離れる。そして、再び軽く"チュッ"と音を立てて重ねられた後、今度は完全に離れていった。下出は、最後にアタシの額に唇を落とすと、「お休み」と言って部屋に戻って行ってしまった。

 アタシは下出の唇の感触が残る額に手を当てたまま、その後姿を茫然と見送るのだった。

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