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逢いたいから~恋とも呼べない恋の話~

第4章  闇に響く音

第2話 バージンロード
   
 闇に響く音

 ぬばたまの闇一色に包まれた視界の底に、萌(もえ)はいた。彼方から、かすかに響いてくる音がそうでなくても波立っている萌の心を更に揺さぶる。
 一体、あの音は何? 
 萌は烈しい焦燥感を憶えながら手を伸ばしてみるけれど、手は闇雲に宙をさ迷うばかり。
 その間にも、音は次第にはっきりと聞こえるようになり、萌は今度こそハッと眼を開いた。
 ―電話が鳴っている。
 ちらりと見ると、枕許に置いた携帯電話からユーミンの〝雨の街を〟が流れている。お気に入りの曲を着信用のメロディに使っているのだ。
 今時の若い子―自分の娘たちにユーミンなんて言っても、実は結構知らなかったりすることが多い。バブルが弾けた華やかなりし時代に青春まったただ中を過ごした萌は、松任谷由実ことユーミンが飛ばす数々のヒット曲を耳にしてきた。
 今年、小学校六年になる長女は〝いきものかがり〟のファンで、ピアノで弾くお得意の曲は〝KARA〟、小学三年の次女は〝AKB48〟に憧れ、テレビの歌番組をチェックしては、画面を見てアイドルたちの真似をして躍っている。
 むろん、アラフォーの萌だって、娘たちお気に入りのアイドルの名前くらいは知っているが、所詮は、名前止まりだ。生きものかがりなんてグループ名を初めて聞いたときには、妖怪の名前か妖しいまじないでもする呪術師かと勘違いしてしまったくらいだ。
 AKBに至っては、なかなか憶えられず舌ばかり噛んで、娘たちに〝ママもトシね、AKBも知らないの〟なんて言われて真剣に落ち込んだ。
―要するにおニャン子クラブみたいなもんでしょ。
 と自棄で言ってやったら、〝マジで古すぎ〟と爆笑され、余計なひと言は言わない方が良いと悟った。
 萌は布団の上に身を起こし、内心の焦りなど嘘であるかのようにゆっくりと手を伸ばした。
 ユーミンの曲はまだ流れている。彼女は苛々と携帯をonにした。
「もしもし」
 だが、受話器の向こうからは何も言ってこない。

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