方位磁石の指す方向。
第16章 scene 15
ルーを入れると、
すぐにスパイシーな香りが広がった。
いい匂いだなあ、と思って
かき混ぜていると、
ソファーで寛いでいた翔さんが
「腹減った…」
と一言呟いた。
「まだ煮込み足りないから、
もうちょっと待ってね」
「ええ…」
「しょうがないじゃん。
もう少し我慢しててよ」
嫌だ、という声に呆れながらも、
鍋にフタをした。
エプロンをつけたまま、
翔さんの隣に腰掛けた。
面白くない漫才だなあ、と思っていたけど、
隣の翔さんは笑いを堪えているように見えた。
笑いのツボが違うのは仕方ないな、と
思って面白くもない漫才を見ていた。
「…二宮」
「ん?」
「あ、なんにも思わないんだ」
「は?」
翔さんはテレビの電源を落として、
俺の腰を抱き寄せた。
「前、苗字で呼んだら
下の名前で呼べって怒ったのに、
もう怒んないんだね」
そう言ってから俺の首筋に顔を埋めた。
「あの時は独占欲が強かっただけだよ」
「今はもう独占したいと思わないのか」
「そういうことじゃないけど」
急になんなんだこの人は。
そう呆れていると、
翔さんの唇が触れた。
少しだけ切なそうな顔をしていたから、
こっちまで切なくなってきてしまう。
この人には敵わない。
そう思って、
俺からキスをした。
「そんなわけないじゃん…
嫉妬するよ、すごく。
引かれると思うよ」
「引かないよ」
「ぁ、やだ、ダメだよ…」
「ごめん、少しだけ」
ソファーに押し倒されて、
あっという間に組み敷かれた。
降り注ぐキスに抵抗できない。
これは、不可抗力だ。