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龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~

第1章 落城~悲運の兄妹~

「な、何だ、その眼は」
 嘉瑛が臆したように言い、千寿に近寄り、間合いをつめた。真っすぐに千寿を見つめる漆黒の瞳が獲物を狩る獣のように凶悪に光っていた。
「気に入らぬ。生意気なこわっぱだ」
 嘉瑛が呟き、足先で千寿を蹴り上げた。
 それでもなお、千寿は口から、額から血を溢れさせながら、何の感情も宿さぬ瞳で嘉瑛を見上げている。
「こいつめ」
 嘉瑛は千寿の落ち着きぶりに苛立ちを募らせるように、千寿を幾度も蹴り上げる。
「お館さま、お止め下され。いっそのことひと想いに殺すおつもりがないのであれば、そのように乱暴に扱うては、このこわっぱが死んでしまいまする」
 流石に見かねた重臣が控えめに言上した。
「敵方の総大将の遺児、しかも嫡男にござります。この場で首をお刎ねになった方がよろしいのでは」
 また別の者が言う。
 嘉瑛は顎に手をやり、しばし思案するような風情を見せた。
「いや、こやつは殺さぬ。まだ幼い子どもながら、この俺にこうまであからさまに刃向かうとは不愉快でもあり、面白くもある。まぁ、殺してやりたいのは山々だが、ここはしばらく飼うてみるも一興」
「さりながら、お館さま。敵将の忘れ形見にございますぞ。生かしておいては、後々の禍根を残すことにもなりましょう」
 家臣が恐る恐る言うのに、嘉瑛はギロリと睨む。
「何じゃ、そちは、俺がこの小僧に倒されるとでも申すか」
「い、いえ、滅相な」
 口ごもる家臣を醒めた眼で眺め、嘉瑛は視線を再び千寿に移す。
「良いか、そなたは今日から俺の飼い犬じゃ。犬に千寿丸なぞとたいそうな名は要らぬ。今よりは犬丸と名乗れ」
 吐き捨てるように言っても、千寿は相も変わらず静かな瞳で嘉瑛を見上げているばかりだ。
 少年の頬が突如として鳴り、家臣たち一同は眉をひそめ、眼を背けた。
「たいそうな名を賜り、恐悦至極に存じまする」
 そのときだけ、千寿がやはり瞳と同じ、抑揚のない声で告げた。

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