
龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~
第1章 落城~悲運の兄妹~
風呂も何日も入っておらず、着の身着のままであったため、身につけている小袖袴も垢まみれ、顔から身体中汚れていた。
嘉瑛はひとしきり陰にこもった笑いを洩らすと、真顔になった。
「小僧、俺の脚許に這いつくばれ」
千寿はプイとそっぽを向いて、嘉瑛の命を無視する。
と、嘉瑛が口許を歪めた。
「俺はこれでも万寿姫には嫌われとうはない。できれば、婚礼を挙げるまでは手を付けまいと思うておるのだ。さりとて、兄がそのように強情では、俺もどこまで姫に対して紳士的にふるまえるか判らぬな」
刹那、千寿が悔しげな表情になった。
嘉瑛はニヤリと厭な笑いを浮かべ、顎をしゃくる。
「飼い犬のように、俺の脚許に這いつくばるのだ」
千寿は唇を噛みしめ、そろそろと前へと進んだ。嘉瑛の脚許にひざまずく。
「それで良い、では、俺の脚に口づけよ」
「―!!」
流石に千寿の顔色が変わった。
「さて、妹姫がどうなっても構わぬというのだな」
口笛を吹くように愉しげに言う嘉瑛をキッと見据え、千寿は呟いた。
「―卑怯者」
千寿は両手を後ろ手に縛られたままの格好で、顔を地面に近付けた。嘉瑛の草履の先に顔を更に寄せ、唇で軽く触れる。
あまりの屈辱と怒りで心の中は煮えたぎりそうだった。それでも、万寿姫の身の安全には代えられない。
刹那、嘉瑛が満足げな笑いを浮かべる。次の瞬間、千寿の小柄な身体は勢いよく蹴り上げられ、後方に吹っ飛んだ。
あまりの仕打ちに、家臣たちが顔を見合わせるも、嘉瑛の暴虐ぶりに意見する者はいなかった。誰もが余計なことを言って、主君の逆鱗に触れるのを怖れたからだ。
鞠のように宙を飛んだ少年はドサリと地面に音を立てて落下した。身じろぎもせぬ少年を、家臣たちが不安げに見つめている。
当の嘉瑛は顔色一つ変えず、平然としている。
ややあって、千寿が緩慢な動作で身を起こした。千寿の唇からは紅い血が糸を引いて流れ落ちていた。が、千寿は静かな瞳で嘉瑛をはるか後方からじいっと見据えている。静謐なその瞳は、かえって底知れぬ凄みというのか怖ろしさを窺わせた。
嘉瑛はひとしきり陰にこもった笑いを洩らすと、真顔になった。
「小僧、俺の脚許に這いつくばれ」
千寿はプイとそっぽを向いて、嘉瑛の命を無視する。
と、嘉瑛が口許を歪めた。
「俺はこれでも万寿姫には嫌われとうはない。できれば、婚礼を挙げるまでは手を付けまいと思うておるのだ。さりとて、兄がそのように強情では、俺もどこまで姫に対して紳士的にふるまえるか判らぬな」
刹那、千寿が悔しげな表情になった。
嘉瑛はニヤリと厭な笑いを浮かべ、顎をしゃくる。
「飼い犬のように、俺の脚許に這いつくばるのだ」
千寿は唇を噛みしめ、そろそろと前へと進んだ。嘉瑛の脚許にひざまずく。
「それで良い、では、俺の脚に口づけよ」
「―!!」
流石に千寿の顔色が変わった。
「さて、妹姫がどうなっても構わぬというのだな」
口笛を吹くように愉しげに言う嘉瑛をキッと見据え、千寿は呟いた。
「―卑怯者」
千寿は両手を後ろ手に縛られたままの格好で、顔を地面に近付けた。嘉瑛の草履の先に顔を更に寄せ、唇で軽く触れる。
あまりの屈辱と怒りで心の中は煮えたぎりそうだった。それでも、万寿姫の身の安全には代えられない。
刹那、嘉瑛が満足げな笑いを浮かべる。次の瞬間、千寿の小柄な身体は勢いよく蹴り上げられ、後方に吹っ飛んだ。
あまりの仕打ちに、家臣たちが顔を見合わせるも、嘉瑛の暴虐ぶりに意見する者はいなかった。誰もが余計なことを言って、主君の逆鱗に触れるのを怖れたからだ。
鞠のように宙を飛んだ少年はドサリと地面に音を立てて落下した。身じろぎもせぬ少年を、家臣たちが不安げに見つめている。
当の嘉瑛は顔色一つ変えず、平然としている。
ややあって、千寿が緩慢な動作で身を起こした。千寿の唇からは紅い血が糸を引いて流れ落ちていた。が、千寿は静かな瞳で嘉瑛をはるか後方からじいっと見据えている。静謐なその瞳は、かえって底知れぬ凄みというのか怖ろしさを窺わせた。
