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龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~

第4章 天の虹~龍となった少年~

 恒吉は重吾郎克矩と改名し、これ以降、通継の良き参謀として活躍することになった。
 二十歳になった通継は一度だけ、嘉瑛と刃を交えたことがある。これは、国境での小競り合いが因で始まったもので、白鳥の戦いと呼ばれるこの合戦に勝利を収めたことにより、通継は一度は失った白鳥の国を嘉瑛から取り戻した。
 木檜嘉瑛が戦場で落命したのは、白鳥の戦いより数年後のことである。それも、勝ち戦の最中、味方の兵に闇討ちにされるという酷い最後であった。この嘉瑛の死を、人は〝数々の悪行の報いよ〟とひそかに噂し合ったとか。
 通継は亡き父通親の遺志を受け継ぎ、民を大切にする賢君として領民から慕われた。
 なお、通継は三十歳を過ぎて、一度、念願の上洛を果たし、将軍家に拝謁する栄誉を賜っている。人々は、すわ次の天下人は通継かと噂し合ったが、通継は旧領―宿敵木檜嘉瑛から奪われた領地を回復するのみにとどまり、終生、自国の平和を守ることに心血を注いだ。
―一国を守れぬ者、いずくんぞ天下を望めん。
(一国を守れぬ者が何故、天下を望めようか)。
 晩年、彼が孫(養子の子)に語ったという。
 彼は辰年の生まれであることから、その旗印を〝龍〟とする。
 風雲急を告げる戦国乱世を風のように駆け抜けていった名将長戸通継。
 魚は、ついに天翔る龍となったのだ。
 古来、海を渡った先の中国では、虹を蛇や龍の一種と見なす風習が多い。蒼天に掛かる雄大な光の橋を、空泳ぐ龍の姿になぞらえたのであろう。明確に〝龍虹〟と呼ぶ地域や、〝広東鍋の取っ手の龍〟を意味する〝耳龍〟と呼ぶ地域もある。
 少年千寿丸は、虹の彼方にあった彼の夢を手にすることができたのだろう。
 彼は七十歳という、当時としては長寿を保ち亡くなった。亡くなる数年前には養子に家督を譲り、出家して入道となり、寺に籠もる日々を送った。戦国武将としては珍しく、家臣や子、孫に見守られての大往生であった。
 生涯、独身を通した道継には実子はいなかった。
 通継が嘉瑛の訃報をいかなる心境で聞いたかどうか、その心のあやを知る者はいない。
                     (完)

☆長い間、ご覧頂きまして、ありがとうございました。作者☆
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