龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~
第4章 天の虹~龍となった少年~
虹の彼方に
千寿が深い眠りにたゆたっていたその頃、森の奥深くに建つ小屋の前に馬が止まった。見事な鹿毛に跨っているのは若い武将で、その後に二人の従者がやはり騎乗して従う。
短いいななきを上げて止まった愛馬からひらりと飛び降り、武将は背後をちらりと振り返った。
「少し待て」
そのひと言だけで、従者たちは、すべてを悟る。主は、この小さな廃屋の中に獲物がいることを敏感に察知したのだろう。彼等は、いずれも少年期から小姓として主君に仕え、長じて後は近習として常に側近く侍っている。主(あるじ)の性格は熟知していた。
武将―嘉瑛は一人、小屋の中に入った。
最初は戸外の明るさに慣れた眼には、室内はあまりにも暗かった。しかし、徐々に眼が慣れてくるにつれ、小屋の内部が把握できるようになった。
小屋の片隅に積まれた藁の上に、彼が探し求めてきた想い人がいる。
全く、手間をかけさせるものだ。
嘉瑛は皮肉げな想いで片頬を歪めた。
千寿丸が木檜城から姿を消してから、既に三日が経過している。その間、嘉瑛は狂気じみたほどの熱心さでこの少年を探してきた。
一昨日の明け方近く、森に住む猟師勘助が千寿らしい少女が自分の家に滞在している―と訴え出てきた。勘助が話すその少女の歳格好、容貌から、まず千寿に相違ないと見当をつけ、嘉瑛自身が信頼の置ける家臣を引き連れ、こうして千寿のゆく方を追ってきた。
勘助から報告を受け、すぐに城を出たにも拘わらず、嘉瑛が勘助の住まいに到着した時、既に千寿は逃げ出した後であった。
まるで、この手に捕らえようとすれば、するりと身をかわし逃げる小動物のようだ。
自分でも信じられないことだが、嘉瑛はこの少年に本気で惚れていた。そう、これまで、どんな美しい女、色香溢れる女と褥を共にしても心を動かされることのなかった男が生まれて初めて恋に落ちたのだ。
何故、この少年だったのかは自分でも判らない。外見だけなら、千寿の妹万寿姫も十分可憐で美しかった。ただ、妹の方は見かけだけは美しくとも、才気どころか、自分の意思一つ持たない人形のようなつまらない女であった。
千寿が深い眠りにたゆたっていたその頃、森の奥深くに建つ小屋の前に馬が止まった。見事な鹿毛に跨っているのは若い武将で、その後に二人の従者がやはり騎乗して従う。
短いいななきを上げて止まった愛馬からひらりと飛び降り、武将は背後をちらりと振り返った。
「少し待て」
そのひと言だけで、従者たちは、すべてを悟る。主は、この小さな廃屋の中に獲物がいることを敏感に察知したのだろう。彼等は、いずれも少年期から小姓として主君に仕え、長じて後は近習として常に側近く侍っている。主(あるじ)の性格は熟知していた。
武将―嘉瑛は一人、小屋の中に入った。
最初は戸外の明るさに慣れた眼には、室内はあまりにも暗かった。しかし、徐々に眼が慣れてくるにつれ、小屋の内部が把握できるようになった。
小屋の片隅に積まれた藁の上に、彼が探し求めてきた想い人がいる。
全く、手間をかけさせるものだ。
嘉瑛は皮肉げな想いで片頬を歪めた。
千寿丸が木檜城から姿を消してから、既に三日が経過している。その間、嘉瑛は狂気じみたほどの熱心さでこの少年を探してきた。
一昨日の明け方近く、森に住む猟師勘助が千寿らしい少女が自分の家に滞在している―と訴え出てきた。勘助が話すその少女の歳格好、容貌から、まず千寿に相違ないと見当をつけ、嘉瑛自身が信頼の置ける家臣を引き連れ、こうして千寿のゆく方を追ってきた。
勘助から報告を受け、すぐに城を出たにも拘わらず、嘉瑛が勘助の住まいに到着した時、既に千寿は逃げ出した後であった。
まるで、この手に捕らえようとすれば、するりと身をかわし逃げる小動物のようだ。
自分でも信じられないことだが、嘉瑛はこの少年に本気で惚れていた。そう、これまで、どんな美しい女、色香溢れる女と褥を共にしても心を動かされることのなかった男が生まれて初めて恋に落ちたのだ。
何故、この少年だったのかは自分でも判らない。外見だけなら、千寿の妹万寿姫も十分可憐で美しかった。ただ、妹の方は見かけだけは美しくとも、才気どころか、自分の意思一つ持たない人形のようなつまらない女であった。