
異彩ノ雫
第31章 intermezzo 朱の幻想 Ⅱ
神隠しにあった者は
異界に触れたもの
生涯ひとりでいなければならぬ…
連れてゆかれた常世の国には
静かな時が流れていた
逃げ帰ったわけではない
けれど 言い伝えは
娘を好奇と畏れの目にさらす
そして今…
━━ 何よりも めでたきこと
娘のふた親は祝言の日取りが決まると
夜毎
許嫁の青年、村人数多を屋敷に招き
宴を催した
どれほどの力の尽くしようであることか…
━━ 今宵は十四夜めの月…
虚しい華やぎに倦んだ娘は
そっと表に忍び出る
月明かりの下
いつものように峠へ向かう道をたどり
束の間を共に過ごした
鬼一族の頭領 朱夏の面影を
夜空に描く
碧い瞳 燃え立つ髪の色、長い指…
あれから三年
━━ 朱夏、私は明日祝言なのです…
あの日と同じ峠から
あの日と同じ月を仰ぎ
今はうっそりと木々の繁る村跡を見つめては
吐息ばかりが夜に流れる
━━ このままひとりでよいものを…!
五月の夜風がひときわ激しくざわめき渡る
━━ 相変わらずよく泣く娘だ
ふいに聞こえる懐かしい声
━━ 朱夏…?!
━━ 如何にも!久しいのう
夜のしじまに伽羅が香る…
(つづく)
