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異彩ノ雫

第37章 intermezzo ライオン・ハート




彼は恋をしていた
もう ずっと 長い間…
一座の花 空中ブランコ乗りのジュリエッタに

胸の高鳴りと
泣き出してしまいそうなやるせなさ
見つめる瞳が切なく揺れる

けれどジュリエッタは
叶わぬ自分の恋心を
彼の前で吐息に洩らす
相手は不実な曲芸師
断ち切れぬ想いとこぼす涙が
彼の胸も濡らしてゆく

そんな夜は夢をみる
生まれ故郷の大草原を
ジュリエッタを背に走る夢…
そう、彼は誇り高き百獣の王
今は囚われの身ながら
火の輪をくぐる一座の勇者

或る夜
いさかう声に彼は目を覚ます
そして目にしたものは
倒れている曲芸師と
刃を握る手を朱に染めて
立ち尽くすジュリエッタ…

叫び声
怒声
慌ただしく行き交う足音…

目を見開いた彼は猛然と鎖を引きちぎり
ジュリエッタにかけ寄ると
彼女を背にのせ夜へと逃れる

街並みが後ろへ飛び去り
星明かりがふたりを包む

彼は夜を駆け抜ける…

首にしがみつき泣きながら
そのぬくもりに安らぐジュリエッタ
彼女は今 寡黙な勇者の想いを知った


彼の心は
愛しい人を背に 夢の草原を駆けてゆく
果てない闇をどこまでも…







(了)


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