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異彩ノ雫

第65章  intermezzo 雪幻 ~時の隠れ家




僕には羽があるんだ…

いたずらっぽく笑い
君は
ナイショだよと
そっと囁く

一冊の本に額を寄せ合いながら
北の国から来た少年は
風の匂いがした

しんと静まり返る図書館…

その時僕たちは
見知らぬ星に流れ着いた
たったふたりの漂流者だった

ふたりの星は ヒミツの楽園
時の隠れ家
けれど…


いつものように
林檎を齧りながら歩く朝の景色に
ひとひらの雪が舞い落ちる

── ああ、君は雪を待っていたね

石畳に次々落ちては消えゆく白い華


── ねえ…!

胸を踊らせ
駆け込む待ち合わせの小径には
無造作に転がる林檎が ただひとつ…


息をのみ
立ちつくすばかりの僕は
ふいに羽ばたきの音を聞く

見上げる高みに
弧を描き飛ぶ小さな影
もう 触れることは叶わない…


── 今まで いっしょにいてくれて
ありがとう…


胸に届いた言葉から
君の想いが
あふれだす


── 本、のつづきは…

俄に襲いくる淋しさとあてどなさ

蹲り
膝を抱える肩に 背中に
この冬初めての雪が
いつまでも 降りつづける







(了)


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