
異彩ノ雫
第91章 intermezzo 朱の幻想 Ⅴ ~エトランゼ
── あの姫はひとときの客人(まろうど)
あまり情をうつすことのなきよう…
父の言葉に頷きながらも
束の間を過ごす時間は密になる
── いつか俺を連れていってくれるか
アーモンドの花咲く美しきそなたの国へ
── …ええ、必ず
あてのない約束と知りながらの夢語り
しばしの憩いは姫の笑顔を取り戻す
けれど
終わりはふいに訪れた
『……最期に、よくして頂きながらおかけするご迷惑を深く深くお詫びいたします…』
輿入れ先の使者が引き返す後ろ姿が
篝火に小さく浮かぶ
高楼の窓より見下ろしながら
朱夏は姫の最後の手紙を
握りしめていた
『戦乱で家族をなくした国へ還る術はなく
どこへゆくも流れのままと思う中での優しき出逢い
私はここを離れたくなくなりました』
── だからここにいればよいと言ったものを…
形見に残る指輪に隠されたひと雫が
姫をすべてから解き放った
新月の空を風がわたる
哀しき人の声がふと聞こえたようで
朱夏は濡れた頬のまま
闇の中へ手を延べた…
(了)
