
異彩ノ雫
第134章 intermezzo 望郷 ~逃れ人のうた
彼の歌は
聴く者の心を震わせる
かすれ気味のハイトーンボイス
夜を写した深い眼差し
けれど 誰も
その想いを知ることはない…
彼が国境を越えたのは
川面が凍る5歳の冬
見知らぬ大人に手をひかれ
満天の星の下
泣きながら歩き
歩きながら眠り
気がつけば初めて目にする賑やかな街
飛び交う言葉は
絵本の中のジュモンのように
彼を戸惑わせた
そして よそよそしい優しさの中
彼は
いくつもの季節をおくり
いつしか歌を 歌い始める
── 必ず迎えにゆくよ
懐かしい母の声を抱きながら…
手放すことが愛すること
それでも
それだから…
~ 何故
私はここにいるのだろう
愛するものからひとり離れ
何故
一人と一人は繋ぎ合える手を
国境は拒むのだろう
硝煙と荒れた大地
私の国はまだ 花が咲くことはない ~
彼は今日も歌う
いつか帰る かの地を想い
いつか
ふたたび会う人を夢見ながら…
(了)
