お姫様は海に恋い焦がれる
第2章 海に浮かんだ月に焦がれる
ある時、気まぐれなプリンセスの甘い声を奏でる二枚の花びらがもの言った。
…──月に帰ろうと思うんです。
* * *
マラカイトの夜陰を夕顔の白がほのかにぼかす、女郎花月独特の膚にまとわりつく暑気も薄らぐ暮夜、世界は晏然たる無に覆われようとしていた。
それと同時に、街は白々しい可視光をあちらこちらに灯して、流れゆく時に抗う生気がしめやかに息づく。
みちるは自宅のリビングにいた。
無を透かしたシフォンのバルーンカーテンに、瀟洒な塩梅に配置してあるチークの家具、丹念に磨かれたフローリングは優雅な毛並みの絨毯に華やがされて、シャンデリアから降ってくる黄金色にかがよう粒子は、自然の凄寥に散らばる明滅に引き替えさばかり色消しなきらびやかさだが、目路を補うのにはちょうど良い。艶媛としたブーケとレースが描いてあるまろみを帯びたティーセットから、愛らしい芳香が広がっている。
はるかがカップを傾けていた。
さしずめ恒星の振り撒くきらめき、どこか神秘的な光をまとった玲瓏たる親友は、優美な所作で、ストロベリーフレーバーのほのめくシャンパーニュロゼの紅茶を味わっていた。