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お姫様は海に恋い焦がれる

第4章 生誕祭!うさぎ争奪戦


 梅雨前線こそまだ去っていなきにせよ、その朝は、穏やかな碧落が広がっていた。



 とりわけ上質な家屋の並んだ住宅街。

 その一角に、寝袋にくるまった男がいた。


「そろそろだな……」


 目覚めたばかりの男の声は、朝特有の掠れを含み、どこか明るく引き締まっていた。

 寝袋の側には十六輪の薔薇のブーケが携えてある。


 男はいやに無駄のない動作で、寝袋を起き抜けた。






「おっはよー!うさぎちゃん」

「おはよう。お誕生日おめでとう」

「おはよう、うさぎ。ハッピバースデー」


 毎朝の礼にもれなくうさぎを迎えに訪った学友達が、登校前の定型句に加えて、年に一度の祝辞を彼女に浴びせ始めた。


 水無月最終日。

 今日は、月野うさぎの誕生日だ。


 お馴染みの水野亜美や火野レイ達と、このところは星野光らスリーライツも集団登校に参加している。

 彼らの祝辞は一人当たりの字数を最低限に抑えても、なかなか一周に至らない。それでもうさぎは謙虚なもので、一人一人に礼を返していた。


 海王みちるは、その様子を少し離れて傍観していた。

 天王はるかがあるじを務める自家用車は、甘いフレグランスが染み込んでいた。
 出どころは、後部座席に寝かせてあるブーケだ。白い薔薇とピンク色の薔薇。昨日、みちる達が花屋にあったそれら二色を全て買い占め、誂えたものである。


「甘いな……」

「無糖の方が良かった?」

「お団子が、さ」

 砂糖をまぶしたペパーミントのごとく甘いメゾに、困憊にもとれる音が覗いた。

 はるかの片手には、微糖の目覚まし缶コーヒー。

 彼女の問題は、コーヒーの糖度ではなく、うさぎの律儀な人となりらしい。

「あれじゃ、遅刻するぜ……」

 月野邸の軒先では、レイからプレゼントを受け取ったうさぎが、他校に通う彼女を気遣ってか、その場でラッピングを解いていた。

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