お姫様は海に恋い焦がれる
第1章 壊れてゆく運命を、リボンで
「うさぎが不安をもて余せば、どのみち私は生きた心地がしなくなるの。だって、うさぎがリボンを巻きたがるのは、私でなくても良いんでしょう?」
「あ……みちるさん、……それ……」
嬉しかった。胸が、否、魂が顫えた。
ネプチューンは初めてセレニティのぎこちないリボンに囚われようとしたあの昼下がり、表向き戸惑った顔を気どっていたが、いっそ彼女の控えめな所業に焦れったささえ覚えていた。強く、強く結ばれたかった。心だけでは足りなかった。永遠が約束されていながらも、永遠が壊れてしまうかも知れなかったあの時期だ。事実、破綻した安寧が巻き戻ることはなかった。
今も同じだ。世界が終わる、そうした暗雲こそなきにせよ、人の心に永遠はない。
みちるはうさぎの無邪気さが、時に怖い。あまねく星々を愛して包み込む白い光は、寂寥たる一つの星を、いつか忘れ去ってしまいはしないか。未来が確かなものになるにつれて、憂慮も膨らむ。リボンを必要としていたのは、きっとみちるの方だった。
うさぎの大きな双眸が、二、三度、瞬いた。それから優艶な面差しが、やんわり綻ぶ。
「みちるさん、リボン結ぶの……上手いです」
たゆんでいたパステルピンクが、ひとしお緩む。みちるの指先が甘い甘い体温に、包み込まれる。
「あたし、リボンを結ぶの、諦めます。だから怖くなったら……みちるさんが、また、あたしをリボンで結んで下さいますか?」
壊れてゆく運命も、距離も、きっとリボンで繋ぎとめられる。
みちるは指先の結び目に、唇を落とす。真珠色の天使を抱き締めて、あさぼらけの空がもう少し明るみを招くまで、今一度明るい夢を求めて眠った。
〈完〉