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キラキラ

第13章 ミチシルベ

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バタバタと立て続けに入った患者の処置を、ようやく終え、少し落ち着いたのを見計らって屋上に出た。

太陽が輝く外の空気は、体に染み付いた薬品の匂いを優しく中和してくれる。
俺は、大きく深呼吸してのびをした。


「ふう…………」


関係者しかあがってこれないここは、誰もいない。

ストレッチをしながら、ぐるりとまわりを囲む柵に向かって歩いていくと、ふと目のはしに人影がうつった。


「…………?」


入り口からは死角になるから分からなかったが、自分のいる場所とは反対方向で、ひっそりと立ってる人物を確認する。


紺のスクラブを着たその背中に見覚えがあった。


(…………松本くん)


柵にもたれた両腕に顔をうずめてる。
全身から、やるせないオーラがみえる。


(…………どうした?)


声をかけようとして…………迷った。

どこからどうみても落ち込んでる。

失敗したのか?
看護師長にでもしぼられたか?

なににしろ上司である俺に見られたくないかもしれない、と思った。
こんな人のいない場所を選んでいるのもその表れ。

(…………帰ろう)


俺は、見なかったことにしてやることに決めた。
ところが、そっと踵をかえしかけたその時、


ピピピピ…………


「!」

「?!」


タイミング悪く胸ポケットのPHS が鳴った。


弾かれるように、こちらを振り向く松本くんに、驚かしてごめん、と目配せしながら、ため息をついて、通話ボタンを押す。


振り向いた松本くんの赤い鼻と潤んだ瞳。


そんな顔を見てしまったら、降りれないじゃないか。


PHSに耳をあてる。


「はい櫻井。…………はい………うん。…………ああ、ありがとう」


松本くんは、再び後ろをむいて、手のひらで何度も目をこすってる。
通話を切り、胸ポケットにPHS をおさめながら、俺は、松本くんにそっと近づいた。


静かに隣に立つ。


顔を見られまい、と、下を向いてる松本くんは、すんと鼻をすすってから、ぼそっと言った。


「…………行かないんですか」


「うん。今落ち着いてるから、このまま昼休憩してきて、って山田先生が」


「…………そうですか」


沈黙が続いた。





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