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キラキラ

第13章 ミチシルベ

しばらく柵にもたれて黙っていた。


俺は、そよそよとふく風にふかれ、目を細めて遠くの街並みを眺める。


季節は春から夏にかわろうかという頃。


自然界全体が、冬からずっと蓄積していたエネルギーを一気に生命力にかえ、躍動していくような、そんな季節の変わり目。


…………新人くんには、ぜひ気分をのせていってほしいものだけどな。


風が緑を運び、優しく香る。


「…………」


松本くんは、まだ黙ってる。
いつもの彼なら、そろそろ軽口をたたきそうなのに。


ふわりと髪の毛が乱され、俺は、前髪をかきあげて、


「…………どうした?」



顔をみないよう、遠くを見ながらそっと問うてみた。


「…………」



松本くんは、じっと黙っている。
時々、すんと鼻をすすり、言おうか言うまいか迷ってる感じだ。



気持ちをたて直すには、もう少し一人にさせてあげた方がいいのかも。


俺は、その場を離れることを決めて、静かにもたれてた柵から、体をおこした。



「…………顔を洗ってから、もどってこいよ?」



言って、1歩足を踏み出した。
するとスクラブの裾が、何かに引っ張られ、


「…………?」


つと目をやれば、松本くんの左手が、俺の服をぎゅと握りしめていた。



「…………もう少しいてよ」



小さな声ですがる言葉。
掠れた声は鼻声で震えてる。



「…………ああ、いいよ」



くすっと笑って、俺は再び体を反転し、少しだけ距離を縮めて、松本くんの隣に立つ。



静かな空間には、時々風が運ぶ、遠くの電車の音や、頭上をとぶ鳥の声しか聞こえない。


緊張感のある声と、医療器具の音が飛び交う俺たちの職場とは違う。


心がリセットできそうで、この場所には昔から俺もよくあがってきている。


落ち込んだ時、そういや、俺もよくここに来て空を眺めたなあ…………。


遠い記憶をたどっていたら、



「…………あのさ」



松本くんが、再び何回か鼻をすすって、ぼそっと口を開いた。



「…………うん?」



俺は、静かに相槌をうち松本くんを見やった。



「…………人はさ、なんで死ぬんだろうね」



「…………そうだな」



「…………嫌だね」



「…………まあな」



松本くんが伏せていた顔をあげた。

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