キラキラ
第13章 ミチシルベ
今夜、何台目の救急車だろうか、と数えるのも嫌になってきた頃に運ばれてきた若い男性患者は、喧嘩で脇を刺されたとかで、痛みと恐怖でパニックを起こして大暴れしていた。
「松本先生、両足おさえて!」
「はいっ!」
救急隊の人と俺が全力で押さえつけても、向こうも全力だから、ふりほどかれそうになり必死だ。
もう大丈夫ですよ、ここは病院ですよ、と声をかけても聞こえないみたいで、時折大声もあげている。
俺がこいつのダチだったら、「いてーんだったら、大人しくしろっバカっ!!」と、怒鳴り付けてやりたいところだ。
聞こえないくらい小さく舌打ちして、もう一度力をこめたその時。
振り上げた患者の右手が、処置しようと身をかがめた櫻井先生の顔にぶちあたった。
「!」
ガッという鈍い音と、グシャっという何かが割れる音がした。
「櫻井先生!!」
「…………」
櫻井先生は、小さく頭をふって、大丈夫だ、と言った。
だけど、あげたその顔からは、ぽたぽたっと血が流れ落ち、かけてた眼鏡もこわれて床に落ちていて。
「ああ………だめだ、それ。櫻井先生。処置室行ってきてください。かわります」
素早く山田先生が持ち場をかわり、櫻井先生は後ろに下がった。
周りにいたナースから、ガーゼをうけとり、顔をおさえながら、歩いていく櫻井先生の後ろ姿を目でおっていると、山田先生がひっくい声で、患者に、「大丈夫だって、言ってるだろう?」と言った。
有無をいわせない、冷ややかな声音に、患者の動きがとまった。
俺は、救急隊の人と目をあわせて、苦笑いした。
処置を終え、後片付けをしながら、櫻井先生の姿をさがすが、まだいない。
(大丈夫だったのかな…………)
気になり、様子を見に行こうと思ってたら、
「松本先生」
小さい声で呼ばれて振り返る。
櫻井先生が処置室から、顔をのぞかせて小さく手招きしている。
良かった。大丈夫そうだ。
にっこり笑って歩み寄ると、櫻井先生に腕をつかまれ引っ張りこまれた。
「?」
なに?
怪訝な顔でカーテンの内側に入る。
櫻井先生は、未だにガーゼを顔にあてていた。
丁度、右目の横みたいで、痛そうに顔を歪めてる。
おそるおそる問う。
「…………大丈夫…………ですか?」
「あまり大丈夫じゃない」
櫻井先生は、苦笑した。