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キラキラ

第13章 ミチシルベ

櫻井先生は、本気だ。

俺は、コクりと息を飲む。

だけど、櫻井先生のいう通り、研修医とはいえ、確かに俺も医者なんだ。

こんな処置もできないようじゃ、この先ずっと、櫻井先生たちの足手まといでしかないだろう。

嫌われたくない。
あきれられたくない。

俺は、ふらふらと、ベッドの横に歩みより、丸椅子にゆっくりこしかけた。

櫻井先生が、それでいい、というように口角をあげた。
ワゴンに、トレーを置き、櫻井先生の肩に手をかける。


「えっと…………ちょっと、動かしますね」

「ん…………」

処置する場所が上になるように、左側を下にして横向きになってもらった。

傷口を確認しながら、どさくさまぎれに、櫻井先生の頬に、そっと触れてみる。

少し冷たくて、柔らかい。

俺は、ふっと息を吐いた。

腹をくくった。

…………やってやろうじゃねぇか。

ギュッと一瞬だけ目を瞑り…………、

「……っしゃ」

気合いをいれて目を開いた。



「じゃあ…………処置始めます」


「はい。よろしく」


俺の緊張感があふれる声に、くすりと笑った櫻井先生は、完全に身をまかせてくれているのか、笑みを浮かべたまま、静かに目を閉じた。


俺の今までの人生で、一番緊張する瞬間だ、といっても過言じゃない。

受験より。
国家試験よりも、だ。


「ちょっとチクっとしますよ…………」


震えるな俺、と言い聞かせて、局所麻酔の針を、そっと刺した。


ぴくりと、櫻井先生の綺麗な眉がうごいた。


「…大丈夫ですか?」


「ん……平気……」


続けて何ヵ所か針を刺しながら、櫻井先生の様子を見る。
先生は、静かに目を閉じたままだ。


沈黙は、オッケーの証拠と勝手に解釈して、俺は、これまでの数少ない経験と教科書の知識を総動員して、櫻井先生の傷口を縫った。


「お。うまいじゃん」


必死で、糸をくくっていたら、いつのまに処置室に入ってきたのか、背後から山田先生が声をかけてきた。


「櫻井先生災難だったなあ…傷深いの?…」


「はい。三針…縫いました……っと」


パチンと糸を切り、はあっとため息をついた。


できた…………


櫻井先生の顔に目をやると、静かに目を閉じたままだ。


「てか。櫻井先生寝てね?」


山田先生がおかしそうに指摘する。


え、マジで?






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